ハリー!




 こんなに良い陽気なのに。
 すれ違う船員たちの様子がどことなくおかしいのでジャコジャコと歯ブラシを動かしながらエースが外に出てみれば、甲板はえも言われぬ空気に包まれていて、夜番の交代時間であるにもかかわらず、一番隊の中にマルコが居ないことに気がついた。特に何事もなくとも、交代する隊に隊長が申し送りをするというのが定例で、マルコがそれを部下に任せるという事は滅多にない。
 首を傾げながら洗面所に戻り、口を濯いで顔を洗っていると、確か見張り役の当番だった一番隊の男がエースの後ろを通りがかったのでぱしりとその腕を掴んだ。勿論手は濡れたままだったので、男はまた濡れたじゃないっすかエース隊長と苦笑してタオルをくれた。
「マルコは風呂入ってねぇの?」
「そういや見ませんね、いつもは申し送り終わったらひとっ風呂浴びて部屋に戻ってるけどなぁ?」
 な?と隣の魚人に同意を求めると、魚人もそうだよなぁと相槌を打った。
「なんか昨日からマルコ隊長、妙にピリピリしてましたから、早めに寝たんじゃないっすかね」
「そっか。まぁ何もないならいいや」
 一番隊の妙な雰囲気は、どうやらマルコの機嫌が悪かったせいだとわかって、エースは乱雑に顔を拭いて洗面所を後にした。途中でタオルを借りたままなのに気がついたが、後で返せばいいだろうとそのまま失くさないように首にかけた。

「マールコ、寝たー?」

 ごんごん、と寝ていても起きるだろう音量でマルコの部屋の扉をノックして声をかけた。珍しく鍵までかかっている。故に、エースはマルコがまだ起きている事を確信していた。しばしの沈黙の後、中から開錠の音とともにマルコがぬっと顔を出した。その表情は予想通り不機嫌極まり無く、眉間に深い皺が刻まれた上に目は赤く充血して剣呑さを増していた。なるほど一番隊の連中の様子がおかしいはずだとエースは納得した。
「風呂入んねぇの?」
「入るよい」
「へ?」
 ぐいと手を引かれ、扉もあけはなったまま歩き出すマルコに思わず従ってしまったエースは、目の前の男が上半身裸で、しかも裸足な事に気がついた。
「マルコ、おれ風呂は寝る前に入ったぞ」
「いいから来い」
 甲板を裸足で歩くマルコと引き摺られるエースにどんどん注目が集まったが、マルコが一睨みすると触らぬ神になんとやらと皆通常のローテーションに戻って行った。浴場ではなく、簡易シャワーのブースに連れて行かれたエースはシャワーヘッドを握らされ、最大水力で放出される水を言われるがままにマルコへと向けた。

「もっと下からだよい!翼にかかんねぇだろい!」
「風切羽根に触んなっつったろい、一度で覚えやがれ」
「湯にすんじゃねぇ!石鹸使いやがったら蹴り殺すぞい!」

 ぎゃぎゃあわめく不死鳥の声はブースの外にまで聞こえていたが、皆聞かぬ振りで浴室を去って行く。まさにおかんむりな状態のマルコは水流に向かってバサバサと羽ばたいて水浴びをしているものだから、エースは既に頭からずぶ濡れになっている。
「文句多いぞマルコ!八つ当たりすんなよ!」
「うるせぇ黙って撫でろよい!首の後ろも!」
 幻の鳥のくせになんで換羽期があるんだよい、等とエースに言っても仕方ない悪魔の実への罵倒までも口にしながらも、撫でろと可愛い事を言うものだからエースは渋々と云うには楽しそうにマルコの体を水で流しながらどんどん梳いた。前にも一度されているせいか、マルコも遠慮がなくなったらしく指示も細かくなっている。
「部屋で言や梳いてあげたのに」
「今回はそんな程度じゃ治まらねぇほど痒いんだよい!」
「わかった、わかったって!ほら、後ろ向けって」
 いつもはふかふかと柔らかそうだった尻の周囲の羽毛は濡れてしょぼくれて見える。背中から水をかけ、以前は触らせてもくれなかった金色の尾羽根を引っ張らないように手のひらで撫でると、マルコはなんだか気落ちしたようにぺたりと濡れた床に座り込んでしまった。
「マルコ、大丈夫か?」
 水を止め、首にかけていたタオルで濡れた嘴と頭をごしごしと拭いて、強くするなと散々怒られた翼は一度固く絞って押さえるようにして水気を切った。未だ小さな燃える羽毛がはらはらとこぼれていて、エースは濡れた不死鳥の額に思わず憐れみのキスをした。
「マルコ、大きなタオル貰ってくるから待っててな」
 隣の浴室までもの凄い早さでエースが走って戻り、ジョズでも使えるバスタオルでなんだか落ち込んでいるマルコの体を外から見えないようにぐるぐるに巻いて抱えあげた。換羽期というものは鳥にとって一番体力を消耗するもので、老鳥や病鳥はその時期に命を落とすものが多いのだと以前マルコにも聞いていた。マルコは老鳥ではないが、不死鳥に老いと病があるのかは自分でもよくわからないとも言っていた。
「マルコ、夜番で寝てねぇし、疲れたろ。体乾くまで撫でてやっから、ちゃんと寝ろ。昼飯食った後くらいに、もう一回行くから」
 バスタオルの中で、マルコが笑って嘴をエースの胸に擦り付けた感触があった。エースは来た道を行きがけには持っていなかった包みを抱えて軽快に戻るのを見た一番隊が、やれひと安心とそれぞれの寝床に散った。
 昼食後、マルコの部屋の扉が不死鳥の蹴りで破壊されたのは、よくある日常の光景である。


2011/03/27

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