夜の虹 4




「ただいま!……マルコ!?」

 家に帰ってきたエースは、キッチンのテーブルに突っ伏しているマルコの背中を発見し、具合が悪くなったのかと足早に近寄って背中を揺すった。けれど突っ伏しているマルコの目は開いていて、されるがままにゆさゆさ揺られて、大きなため息をついた。よくよく見ればテーブルの上にはマグカップが二つ出ていて、僅かに甘い香水の香りがする。それはエースもよく知っている香りだった。

「……ベイさん、来てたんだ」
「………………死ぬほど怒られたよい……疲れた……」

 本当に今にも死にそうな声でマルコが言うので、エースは笑いを堪えることが出来なかった。カップを二つ流しで洗い、傷心…いや、耗心のマルコのために薬缶に残ったお湯を沸かし直す。ココアを入れてやろうとは思ったが、塾帰りで疲れているのでミルクパンで練る作業が面倒でコーヒーにする(マルコはミルクと合わさった市販のインスタントココアの素が好きじゃない)。
 インスタントコーヒーを受け取ったマルコは、ふう、と息を吹きかけながらコーヒーを啜った。その目は風邪のせいだけではなく疲れていて、エースにはそれが元恋人のベイのお説教のせいだけではないという事はなんとなくわかった。
 マルコは近くに居ないことで思いを告げないことを選び、エースは近くに居ることでサッチへの思いを叫ぶ事を堪えている。
 二人は戦友でも共犯者でもない。ましてや好敵手でもない。お互いの口を塞ぎ、サッチへの思いを隠し、足を絡めて引きずる、切れぬ枷の役目。不毛だ、とエースは思う。けれど、この思いを断ち切ることはどうしても出来ない。だから隠して、隠して、隠す。

「ベイさん、いいひとだよね」
「ああ、こんな男の心配を今でもしてくれるのはありがてぇよい」
「なんで、ベイさんじゃないのかなぁ」
「……何度も言わせるなよい」
「うん……。ごめん」

 エースは無理やり笑って、砂糖を入れたコーヒーを一気に飲み干した。エースは女性との恋の経験は無い。ベイの学生時代の可愛らしいセーラー服の写真を見て、もしサッチがいなければ、大人の女性になったベイにときめく事もあったのだろうかと自問したこともあるし、同級生の女の子たちを可愛いと思うこともある。けれども、だめなのだ。
 
「おれたち、お互いが好きだったら簡単だったのになぁ」
「ガキに手ぇ出す趣味はねぇよい」
「おれだっておっさんに手ぇ出す趣味なんてねぇよ」

 お互いの傷を抉って、お互いに落ち込む。サッチだって、きっとそう思うだろう。サッチの彼女は今まで数人いた。サッチの性的嗜好はノーマルで、オムツをしていた頃から知っているエースや、見るからにおっさんで友達で、そして男なマルコに好きだと言われたら。
 サッチはとびきり優しい男だから、真剣に考えてくれるだろう。だから、だめだった。

「明日、出て行くからサッチには言うなよい」
「だめだよ、せめてあと二日ぐらい居ろ。サッチが怒る」
「……風邪より、苦しいよい。おれは、口が緩いんだ」

 思いが口に出ちまう。そうマルコは鼻に皺を寄せて、涙を堪えるように微笑んだ。
 沈黙の訪れたキッチンに、サッチの使うドライヤーのモーター音が小さく聞こえた。それだけで、なんだかエースの胸もぎゅっと締め付けられるように痛む。
 こんなにも近くにいるのに、早くサッチに会いたくて堪らなくなる。馬鹿だよなぁ、とエースがぽつりと呟いた。

「荷物は明日サッチが仕事中にまとめろよ、それでなくても鋭いんだから」
「そうするよい」

 マルコはコーヒーの最後の一口を飲み終え、叱られないように布団の敷いてある部屋に戻ったのを見届けてエースは参考書を抱えて自分の部屋へと階段を登る。登りながら、大きく息を吐いた。
 どうしようもなく、サッチのことが好きだった。





2011/04/26

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