Free Time




 明かり取りから差し込む陽光は真上よりも少しだけ傾いて、ハンモックの上で規則的にページを捲るマルコの手元に影を落としている。穏やかな波の音と、帆が風をうける僅かな軋み、そして真下のベッドからエースの寝息が一定の間隔を置いてマルコの耳に届く。順調な航海はモビーディックの上に住まう者たちに十分過ぎる自由時間を与え、二日前までは暇を持て余して手合わせやゲームに興じていた者たちの声も聞こえたが、現在はそれにも飽き飽きしたのだろうか稀に声が届く程度になっている。
 マルコが残り僅かな本の頁を捲ったところで、遠く歓声が聞こえた。海王類でも釣り上げたのだろうが、確かめずとも夕食時には分かるので、数ヶ月埃を被っていた物語を追う作業をマルコは止めようとしなかった。しかしその声に反応したのか、真下のエースがもぞもぞと動き出したのには閉口する。折角良い子で昼寝をしていた子供を起こされた母親の気分、とは我ながら上手い喩えだと、文字面を追いながらマルコは横道に逸れた思考を殊更本の内容に軌道修正した。
「……いま、何時」
 寝転んだままエースが問いかけるが、返答は無い。時間など船の上で暮らす者が影の角度で分からないはずがない上に、ベッドから見える位置には小さな壁掛けの時計もあるのに、とマルコは内心舌打ちをした。
「なぁ、無視すんなよ」
 低い天井から吊り下げられたハンモックは、エースが手を伸ばせば届く。不貞腐れたような声の調子とは裏腹に、エースはどことなく遠慮がちに指先でマルコのシャツを引いた。自分の部屋で自分のベッドを明け渡し、ハンモックまで持ち出す羽目になったマルコは僅かに身を捩ってエースの指先を外す。
「もう少しで読み終わるんだから、邪魔するなよい」
「読み終わったらいい?」
 それが嫌だからこうして…と反論しかけてやはりマルコは口元を引き結んで器用に扉の方向へ体制を変えた。ぬかに釘。ぬかというものをマルコは見たことはないが、形の無いものに釘を刺す徒労を指すのだと以前イゾウに教わった。マルコはエースと出会ってから嫌という程その徒労を味わっている。案の定ベッドが軋み、ハンモックを押して壁の隙間からエースという名のぬかがにょきりと顔を出した。
「あとどれくらい?」
「……お前が邪魔するから終わらねぇよい」
 とうとう根負けして返事をしてしまったマルコに気を良くしたのか、ごめんと一言呟いてエースは大人しくまたベッドへと寝転がった。暗にエースに付き合ってやってもいいと許可を出した結果になった事に気が付き、マルコはこのまま窓を開けて飛んで行きたい心持ちになる。既に全く頭に入らなくなってきた文字面を眺めて暫くして、再び部屋に数分前の静けさが訪れたのに気がついたマルコはそっと下を確認した。規則的に上下するエースの腹に安心するべきかこのせいで寝られなくなって、また夜には纏いつかれるだろう未来を嘆くべきか。
 マルコは結末を読む気を無くした本を足元に放り投げて両手でネットを掴み、身軽にエースの腹を跨いでベッドに着地した。衝撃で目を覚ましたエースが眠りを引きずった幼い顔で嬉しそうに小さく笑い声をあげると、寝起きで常より温かな腕をマルコの首に巻きつけて唇を寄せ、片手で身を起こしてマルコの背を壁際にそっと押し付けた。深いキスがしたい時のエースの所作に、穏やかな暇の潰し方を尽く邪魔をされたマルコの中にもやもやとした何かが湧き起こる。
「ぐぇ……マルコ、ちょっと、刺さってるし痛ぇんだけど!」
 マルコの腕を抑えて覆いかぶさったエースの首に巻きついたのは鋭利な爪を持つ不死鳥の足で、喉仏に爪先を食い込ませて後方に引かれ、流石に腕を離したエースが鱗状の皮膚を持つ足趾を掴んで窒息を免れた。マルコの柔らかい股関節と獣化した足の関節の可動域、そして覇気使いだからこそ出来る抵抗にエースは「狡い」と眉を顰め、今まで自分の首に食い込んでいた足趾をパクリと口に含んだ。
「んなとこ舐めんじゃねぇよい」
「だって、マルコが……キスさせてくれねぇんだもん」
 ちゅぽ、と音を立てて爪から口を離したエースが見せ付けるように濡れた唇を舐めたのに、自由になっていたマルコの手が振り上げられ、エースは殊勝にも避けること無く身構えた。だがいつまで経っても来ない衝撃と予想外の感触に、マルコの足趾を離して自分を殴ったものを確認し、眠気も吹き飛んだだろう目を見開いた。
「………笑ってんじゃねぇよい」
「だってさぁ!」
 覚悟した拳骨は、まさに羽毛のような軽さだった。バシバシと何度叩かれても、青い炎と共に風が起こるだけで痛みなど全く無い。エースの背中から脇腹を撫でてやると、うひゃぁ、ぎゃあ、と奇声を上げて身を捩り、笑い過ぎで息を切らしながらエースはマルコの翼の根元を押さえ、今度こそ足が自分の首に届かないように押し倒して膝で腰の上に乗り上げた。
「……マルコさぁ、遊びたいなら、早く言えよ」
「さっきまで気分じゃなかったんだよい」
 天邪鬼、と口を尖らせたエースが一秒後にはまた笑顔になった。本も読み飽きたし海王類釣りも誰かがやっている。エースの我儘を跳ね除ける理由もいい加減に尽きてきた。
 要するに今日も、暇なのだ。
 

 
 
2011/02/13 
GLCで発行されたペーパーより。
この後に半獣姦いれようとして力尽きたので、また別の形で書きたいです。
もっと半獣姦が増えるといいな。

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