月を抱く





*2011/02/13 GLCで発行された再録本の修正版を掲載しています。

私自身、作品が修正や加筆により、好きだった台詞や場面がなくなる、削られる事をとても残念に思う場合が多くありまして、あえて誤字だらけの当初の作品もこのまま置いておこうと思います。
話の内容、流れには変化はありません。

******



 昼夜を問わない襲撃音が止んでもう三日。
 白ひげ海賊団一番隊隊長が悠然と歩くモビーディックの甲板の上は、銃から零れた空薬莢と煤にまみれていた。それは火拳の二つ名を持つ彼のせいではなく、今日の敵襲の名残だ。
 一番隊の戦闘員の背後から襲いかかった敵を仕留めたのは、遥か後方にいたエースだった。指先を炎に変えて寸分の狂い無く敵を撃ち抜いた彼は、敵味方問わず集めてしまった注目の中であからさまに「しまった」という顔をした。隊員への襲撃に気がついていたマルコが攻撃体勢に入っていたのに磨かれた動体視力で気がついていたせいもある。更には一番隊たちのニヤニヤした顔が酷く気に入らなかったのかもしれない。
「ありがとうエース!助かった!」
「ありがとよ!」
 口々に礼を述べる戦闘員たちの一員と見做され、あっと言う間に襲撃対象に含まれた彼は不本意だという顔を崩しはしなかったが、それでも向ってくる敵を圧倒的な強さで甲板へ、海へと薙ぎ倒して行った。
 いつものように惨敗した襲撃者は散り、逃げ場のない船の上で一番隊に囲まれたエースはもみくちゃにされていたが、マルコはそれを止めはしなかった。

 恒例の宴も深夜になれば床に沈没するものが出始めて段々と静まって行く。「タダ飯喰らい」を頑なに拒否していたエースも、今日ばかりは目の前に崩れんばかりに積み上げられたご馳走の山にぎこちなく手をつけていて、エースの動向を見守るスペードクルー含む船員たちを安心させた。もっともそれっぽっちの食料ではエースの腹は全く満たされないのを皆が知ったのはもう少し後だ。
 ぐるりと静まり返った甲板を巡ったマルコは、緊急消火用の水が満たされた樽の隙間から不自然な色が覗いているのに気がついた。常人ならば数人がかりで抱えて移動させなければ入れない樽のその隙間に、見事に人が一人嵌まり込んで眠りこけている。
 なにもこんなところで寝なくても、と薄く笑いつつマルコは完全に足音を消した。未だ環境に馴染む事に抵抗しているつもりなのか、それとも久々に胃にまともに食べ物を入れたせいか昼間の戦闘の疲労のせいか。そしてそのどれもだろうエースはピクリともしない。
 マルコはふわりと音も無く樽の上に舞い降り、かくれんぼ中の少年の真上に腰掛けた。
 白ひげが船に乗せると言ったからには、エースは既に家族だ。少なくともマルコとこの船の乗組員は皆そう思っている。残るはこの強情で頑固な弟の首を縦に振らせるその作業だけだ。
 光に気がついた見張り役がメインマストの上部から後甲板に見えたマルコに灯滅の合図を送ってきたのに手のひらだけに青い炎を乗せて[異常は無い]と信号を返す。瞼に光を感じたのか、樽の群れに埋もれたエースの足が僅かに動いたのを横目で見つつ、マルコは懐から煙草を取り出した。
「おい、起きたんならちィと火をくれねェかい」
 マッチを忘れたわけではない。単に話しかけて火の玉小僧をそこから引っ張り出す理由にしたかっただけで、無視されればマルコは部屋に戻るつもりだった。
 しばしの沈黙の後、篝火の灯りが届かない暗く影射した樽山の陰が赤々と燃え上がった。見張りが慌てて身を乗り出した気配がし、今度は明る過ぎる視界の中でマルコは同じ手信号を送り、隙間から一気に吐き出された炎に向って苦笑して見せた。
「もう少し大人し目に燃えろよい。見張りの心臓が止まっちまう」
 尤もそんな事で止まるような心臓を持ち合わせている船員などこの船に居るはずもなく、エースも嫌というほど理解している筈だ。悪びれる様子も無く一瞬でマルコから樽一つ分開けて腰掛けた姿勢で炎は人へと形を変えた。
 煙草を咥えたままのマルコを、眠ったせいかようやく険の取れてきた表情でチラリと見たエースが指先に小さな炎を乗せて差し出す。大した進歩だと思いつつ、マルコは紙巻の先端をそれに翳して息を吸い込んだ。
 炎に照らされたエースの顔色は昨日よりも大分マシになっている。ろくに食べも眠りもせずに白ひげに挑み続け、その前にはジンベエとの五日間に渡る死闘をしているのだからその体力と気力には恐れ入る。だがそんな無茶を終わらせたいというのがマルコの、そして白ひげの家族達の願いだ。
「…さっき光ってたの、あんた?」
「マルコだ」
「………」
 名を呼べば距離が縮まってしまうとでも思っているのだろうか。エースから話しかけられたのは何日振りかとマルコは思い返す。再び唇を不愉快気に引き結んだエースにマルコはまた小さく笑った。その光に気がついても跳ね起きなかったエースが嬉しかったのだが、ひねくれた少年は素直には受け取らなかったらしい。ようやく緊張の解け始めていたエースの皮膚の表面に火の粉が散り始め、刺すように強く睨まれた。
「そうギスギスすんない。若いねェ」
 マルコがその部分に目を落としたのでようやく気がついたエースが慌てて立て膝でそれを隠した。火の粉は一気に冷えて消え、代わりに幼さを残す少年の狼狽した表情が浮き彫りになる。咄嗟に隠されたそこは、エースのハーフパンツの前たてを押し上げて若さを主張していたのだった。寝起きのせいと、途切れない緊張感の合間の気の緩みだろう。若い時分の下半身の制御の出来なさと来たら、ほとんどの男は経験があるものだ。
「おれの部屋、貸してやるよい」
 数秒、言葉の意味を考えて硬直していたエースはマルコに何を言われたのか理解して「いい」と眉を寄せて首を振った。
「遠慮するな」
「してねぇ。ほっとけばおさまる」
「そこの隙間に挟まってかい」
 下半身を硬くしたまま樽の隙間に戻るエースを想像して、マルコは今度こそ声を出して笑った。
「気にするな、覗きやしないよい。それにそろそろお前もベッドが恋しくないのかい?大部屋にも行ってないそうじゃねぇか」
 返答は「必要ない」か「うるさい」か。そう考えたマルコにもたらされたのは予想外な事だった。膝をかかえて逡巡していた様子のエースが、不貞腐れたようにボソリと呟く。
「………さっきの光、見せてくれるなら行く」
 その声には純粋な好奇心と、これから選ばなければいけない道行きの不安が斑に詰め込まれていた。決断したい。けれども素直になれない。近寄りたい。飲まれたくない。
 笑いの尾を引いたままのマルコがひらりと積み上げた樽の山から飛び降りた。おいで、と手を差し出すマルコの目の前に数瞬遅れてエースが続く。流石に手をとるとは思えなかったので、手招くように動かしただけですぐにマルコは背を向けて歩き出した。
 背後に目があればエースの表情が伺えるのに、と少しばかり残念に思えた。

 ハッチを開けて体を滑り込ませるように降りたそこは通常サイズの人間が二人並んで歩ける程の細い通路があり、左右に一つずつ、奥に一つ部屋がある。明り取りの小窓と通気口を塞げば大時化の際に特に危険になる能力者のための緊急避難場所にもなる部分で、一番奥がマルコの私室扱いだ。
「おれ達が海に落ちたら手間も倍だからよい。滅多な事じゃ手伝う方が怒られる。大部屋かここに避難するのを覚えときな」
 既に何度も海に落ちて……むしろ吹き飛ばされて転落した回数も甚だしいエースがふうん、と気の無い返事をする。マルコに促されて扉の中に入れば、すぐにベッドに足をぶつけた。
「気ぃつけろい。狭いからな」
 脛を押さえながら早く言ってくれよと悪態をつくエースが扉を閉め、ベッドの脇に吊るされたランプを捻ったマルコがそのベッドに座れと顎で指すのにエースは大人しく従った。
 扉を開ければ二歩でベッド。組み立て式の小さな机と椅子、僅かな本と日誌、クローゼットの代りにもならない着替えを入れた木箱と装飾品を突っ込んだ小物入れ。天下の白ひげ海賊団の一番隊隊長の部屋とは思えない質素さだが、眠る時以外はほぼ船上を動き回ってるおれには丁度いい、とマルコは思っている。
「先に約束を果たすか、それとも抜くのを待とうかい?」
「……っ!」
 エースの体が緊張で強張っているのは気がついていた。マルコも本気でここでエースが自慰をするなどと思っていない。ただ周りの目を気にせずこの少年が話せる環境を作りたかったのだ。
 膝の上で握り拳を作ったり開いたりを忙しなく繰り返していたエースが、ようやく搾り出すように「すまなかった」と声を発した。
「それは何に対しての謝罪かよい」
 白ひげへの百度以上に渡る襲撃、暴言。エースでなければ、オヤジが認めた弟候補でなければそれは許されない所か既に海の藻屑となっていてもおかしくない事柄だが、それを責めたクルーなど一人も居ないはずだった。
「……昼間、余計な手を出した。あの位置ならあんたが余裕で助けられたし、おれがでしゃばってなけりゃ戦火も拡大しなかった」
 何を言い出すのだ、とマルコは特徴的な曲線の眉を顰めた。たしかにエースの言う事は間違いではないし、事実認識も正しい。だが。
「何を真剣に言い出すかと思えばそんなことかよい」
 伏せられていたエースの顔ががばりと上がり、初めてマルコと真正面から目が合う。切羽詰ったようなエースと対照的にマルコの口元には緩やかに笑みすら浮かんでいた。
 たしかにエースが狙われた事で戦闘範囲が拡大した事は事実だ。けれどもそれに即座に対応できないほどこの船のクルーたちは無能ではない。いや、それとは対極の現状「世界一」と称される海賊団なのだ。
「皆お前が助けてくれた事が嬉しかったんだ。何を謝る?お前も今日は大人しく飯を食ってたろい。悪いとは思ってなかったんじゃねぇのかよい」
 指摘に朱が走ったエースの頬をランプの灯りが晒し出す。エースの心の中は、様々な思いが渦を巻いて大時化になっている事だろう。導いてやるのは家族の役目だ。オヤジの言葉はそのままマルコの思いでもあった。エースに最初に与えたスープの一杯も、マルコが散々言いくるめて飲ませたのだ。
 ポポッ…とランプとは異なる光が部屋に満ち、戸惑うエースの元にゆっくりと漂って行く。
 エースの隣に腰掛けたマルコのその指先に点された青い光が腕全体を包むように燃え上がり、ゆっくりとエースの頬へと寄せられた。エースが炎を怖れる事は無く、ただ不思議そうにその青い炎を見つめている。
「熱くない……おれが、火だから?」
「お前のとは違って、おれのは幻の炎だからだよい」
「幻………」
 触れられたのを嫌がるでもなく、逆に青い炎を纏ったマルコの腕にエースの手がそっと添えられた。赤い炎が混じってもマルコの腕は焼ける事は無く、ただ冷たい青を宿し続けている。
「こら、お前は使うな。船室は気密性が高いのを知らないわけじゃねぇだろい」
「あっ、ごめん」
 ぱっと手を離したエースは、新しいものを発見した時に見せる少年らしい素の顔に戻っていた。緊張を解せたのを嬉しく思ったマルコが頬に置いていた手でくしゃりとエースの黒髪をひと撫ですると、肩の力までが抜けた感覚があった。
「昼間、おれが手を出す前にあんたが青く光ったのを見たんだ。気のせいだと思ってたけど……」
 赤い炎はマルコの肌を傷つける事は無かった。けれども妙に胸の奥が苦しいような、酸素が減ったような息苦しさをマルコは感じていた。それは決して不快なものではなく、とても慣れ親しんだ純粋な欲望だと今更ながら気が付く。若さに引き摺られたかとマルコは胸の奥で小さく呼吸を整えた。
 腰の坐りが悪いとでも言いたそうに、急に落ち着きを無くして身じろいだエースに触れたままだった手を、ゆっくりと耳の後ろまで滑らせる。
 エースの呼吸が早い。
 マルコの腕を纏っていた青い炎がゆっくりと消えて行くのを何処か名残惜しげに見つめ、エースはそっと目線をマルコの瞳に戻した。
「何の能力?」
「そのうち嫌でも見るだろうよい」
「今見せてくれないのか」
 ランプの灯に照らされたマルコの元から細い瞳が楽しそうに緩んだ。たしかに光を見せるとは言ったが、能力を教えろとは言われてない。そして、この体勢で頼み事とは太ぇ奴だと口角を上げエースを見上げた。
 マルコの背は、自分が寝るだけで一杯なベッドに押し付けられていた。肩に手を置いたエースの力に従ったマルコは抵抗しない。その様子にあからさまにホッとした様子のエースがゆっくりとマルコの首筋に顔を寄せる。警戒も抵抗もされないのを良い事に、エースは思い切ってそこに鼻を埋める。分かり易い欲望の表現に、マルコはそっとエースの背に手を置いた。
「あんた、なんかすげぇいい匂いがする」
「マルコだっつってんだろい」
 どんな口説き文句だと苦笑しつつ、昂ぶりを隠せなくなっているエースの股間にマルコが膝を押し付ける。若いエースの欲望は、可愛らしいほどに素直に硬度を増した。
「新入りが一番隊隊長を押し倒すとはいい度胸だよい」
 背筋に震えが走るのを隠したつもりなのか、「まだ決めてねぇ」とぼそりとエースが呟く。可愛くない事を言う弟に、マルコは大袈裟に溜息をついて見せた。
 身構えたエースの背をがっちりと捉え、潮と汗と埃にまみれたその耳元にそっと低く囁く。
「エース、おれはお前が気に入ってんだ。わがままばかり言ってねェでとっととおれたちの家族になれよい」
 小さく息を呑む音がしたかと思うと、性急にマルコの腕を逃れたエースがマルコの胸から腹を探るように撫で下ろし、サッシュを解き始めた。まさか、と半ば予想し、半ば想定外だったマルコが初めて流れを乱したエースの腕を掴んだ。
「エース、慌てんな。お前、男でいいのか……というか、経験はあるのかよい」
 予想していた事を聞いてしまったのはマルコの動揺の現れだったが、エースは余裕無く「少し」と呟いた。戦闘中、息を上げることも少ないだろうエースの早い呼吸音に多少の優越感を感じつつ、マルコは先行きの不安を感じずにはいられない。
「少し、ってのァどの少しだい。入れられたとかは?」
「無い。仲間とふざけて擦りあいとか……だけ」
「女とは?」
「あるに決まってる」
 馬鹿にすんな、と少年の顔になったエースが拗ねたように眉を顰めた。
(なんて顔するんだよい)
 年甲斐も無く心臓が跳ね、そのおかげでマルコは逆に冷静になれた。もうなるようになれだ。この男の好きにさせてやりたい、そう思った。
「……入れたきゃ、おれの名前きちんと呼んでお願いしろよい」
 エースが焦りで絡ませたサッシュを腰からするりと引き抜き、サブリナパンツの前立てのボタンをマルコがゆっくりと一つだけ外して見せたのに、エースの息を呑む音がやけに心地よく響いた。
 マルコ。
 その声ごと頭を抱き寄せて、唇を塞いだ。マルコの中に抵抗感など存在せず、ただ腕の中に収まったエースの体が酷く熱くて愛しかった。


 この年になって、息子のような年齢の若者に押し倒されるとは思っても見なかった。
 マルコは胸の中で呟き、その胸の上で動物と化したエースの汚れた旋毛が蠢いているのを眺める。性急さには変わりは無いがそれでも愛撫は思ったよりも的確で、下着ごとサブリナパンツを脱がされた時にはマルコの性器はたちあがってはいないまでも、興奮の兆しが芯に通っていた。
 今更恥らうような歳でもないが、少々悔しいのは確かだ。
「エース、お前も脱げよい」
 そこに直接触れられる前に声をかけると、はっとしたようにエースの手が自分のベルトに掛かった。騒々しい金属音の後にその下から現れたのは完全に臨戦態勢の張り詰めたもので、マルコはつい唇に力を入れてしまう。
「笑うな」
「笑ってねぇよい。羨ましいくらい若いなァと思っただけだい…こら、腰引くなよい」
 腹筋で軽々と起き上がったマルコが張り詰めたエースの性器を大雑把に握りこむ。僅かな汗の感触は直ぐに乾いてサラサラと滑らかな手触りになり、掴み心地を確かめるようにマルコの乾いた手が上下すると素直に反応して先端に透明な先走りを滲ませ始めた。これくらい普段のエースも素直になればいいのにとマルコは思う。
 再び汗が滲み始めたエースの耳元にかぷりと軽く歯を立てると、小さく息を吸い込む音がした。
「…っ、だから焦んなって言ってんだろい」
「無理。触りたい……駄目か?マルコ」
 反撃するようにマルコの尻肉が両側から鷲掴まれ、その中央に僅かに指先が触れた感触に最初にエースを叱ったマルコの方が腰を引いてしまう。そのまま「待て」の待機姿勢のエースに見つめられ、困惑したようにマルコが溜息をついた。
 このタイミングで名前を呼んでおねだりとは、計算でなければものすごい天然の男殺しだ。
「駄目とは言ってねぇよい。ただお前、このままだと汚れるだろうが」
「あっ…ごめん、おれ酷い格好なの忘れてた」
「違う、そうじゃないよい」
 エースの謝罪が明後日の方向なのに、本当に挿入経験もなければ噂話としての知識も半端なのだろうとマルコは確信した。確かにエースは十数日海水以外の水を浴びていない上に煤と埃と船の残骸である木屑にまみれていて激しく汚れているが、問題はそこではない。
 マルコはベッドの下に押し込んである小物入れを指し、エースにそれをとれと促す。シーツの上にあけられた中身に、当分前に上陸した島で使用した残りを入れていたのを思い出したのだ。
「こっから毎日ナニ出してんのか考えろい。洗浄もしてねぇ所を素手で触るのは疫病防止の観点からも勧めねぇよい。……あー、油薬しかねぇな」
 ぽいっとエースに投げて寄越されたのは見間違えるべくもない避妊具だ。生々しさに言葉少なになっているエースに、マルコは口の端だけで笑って見せた。
「やめたくなったかい?」
 咄嗟に首を振り、避妊具の封を切ろうとしたエースの手をマルコが制止した。避妊具は残り二つしかなく、滑りを与えるものは油薬しかない。当然ゴムである避妊具との相性はすこぶる悪い。
「エース」
 惜しげもなく脚を開いたマルコが示す指先に、エースの鼓動が一段と跳ねた。
「ここに、お前のをかけろい。油薬を使わないわけにもいかねぇから、多少は誤魔化せるだうよい」
 脚の間にエースの腰を抱き寄せ、興奮のままに自分で扱き上げるように動かすエースの手に自分の手を重ねる。エースがマルコの性器も一緒に掴もうとしたのは遮った。
「マルコは、いかねぇの…?」
「この年で何度もいくのはもう無理だよい。それに、突っ込まれていくほうが気持ちいいんだい」
「……経験、あるんだ」
「そりゃぁな、けどまぁ若い時の話だ。だからおれもちょっと緊張してる。無茶はしてくれんなよい」
 何か言いたげだったエースの表情が、追い上げる手の動きにきつく目を閉じて切羽詰ったものに変わる。マルコの耳元で吐かれた荒い息が一瞬止められ、直後に熱いものがマルコの腹から性器、そして尻の隙間にトロリと滴ってゆく。
 こぼれる、とエースの精液を揃えた指先で掬い取ったマルコの仕草に、弾かれたようにエースが避妊具の封を切って言われた通りに指に嵌め込んだ。
 衝動を抑えるようにしながらそっと埋め込まれた一本目に、マルコはエースの腕を掴みながら細く息を吐いた。
「痛く、ねぇ?」
「大丈夫だ。中より入り口で、動かせ。お前の方が大変そうに見えるよい」
「――――…」
 実際、一度出したばかりのエースの性器は既に半ば立ち上がっていて、久々の行為のせいかマルコの性器は萎えたままだ。
「おれがしていいって言ったんだ、気にするんじゃねぇよい。ちゃんと入れられたら…そっから気持ちよくしてくれりゃいい」
 マルコの片手がエースの首にまわり、抱き寄せられるままにエースは時折不器用というよりも余裕のないキスを落としながら繋がる場所を解す事に集中した。
 二本目が入り、ようやくマルコの顔に僅かに朱が射しはじめたのを見計らって三本目が入れられた。だがエースの出した精液も乾いてしまい、入り口が軋むように感じたマルコがそれを制止した。
「もういい。それ、全部使い切るくらい塗れよい。そっちのゴムも、ちゃんとしろ」
「本当に大丈夫なのか?」
「……今やらねぇと、大丈夫じゃなくなっちまうよい」
 性急に引き抜かれた指の感触に息を詰めたマルコにエースがまた謝り、苦笑されつつ急かされたエースは油薬をたっぷりと溶かすようにして今解したばかりの場所に塗りこんだ。
 内部にも押し込むように指を進めると、ぬめりが増したせいかマルコの性器がようやく反応を始め、思わず凝視してしまったエースの額が指先で弾かれた。
「痛っ」
「とっとと入れろよい。タイムリミット付だからな、なるべく早くいけよい?」
 文句を言おうとしたエースだが、マルコの余裕のセリフと合わない汗ばんだ表情に口を閉じた。手早くとは言えない手つきで避妊具を被せ、エースがマルコの脚を抱え込む。
「後ろからのほうが、いいのかな。そのほうが楽だってのは…」
「好きにしろい。……そんなところだけは知ってんのかよい」
 ピタリと熱を押し付けられたまま聞かれ、マルコは真上にあるエースの両頬を手で挟んで「このままでいいよい」と笑って見せた。勢いで押し込まれる事も覚悟していたので、妙に気遣うエースが可笑しかったのだ。
 また笑われたと拗ねたのか、ぐっと唇を食いしめたエースが腰を進め、押し込まれてくる質量にマルコは息を吐きながら慌てて下ろした手でシーツを掴み直した。
「…っ、う、」
「マルコ」
「――――は、あ」
 その手を掴まれ、エースが自分の背に回すように促した。なにを生意気なと頭の片隅でチラリと思ったが、内蔵を圧迫される苦しみにその汚れたシャツの背中をマルコは思わず握り締めていた。
「は……すげ、気持ちいい……」
「そりゃ、よかった……もうちょっと、我慢して動くなよい…。流石にきつい」
 静止したまま、お互い息だけが荒い。二人の腹に挟まれたマルコの性器に手をかけたエースが、ゆるゆると刺激を始める。それなりの経験はあると言っていたエースはマルコの括れから笠の部分をリング状にした指で刺激し、手のひらで全体を包むように擦りあげた。じわじわと繋がった部分から熱が拡がり、ようやく直結した快感にどんどんとそこは質量を増していった。
「やっと濡れた、マルコの」
「…も、動けよい」
 心から嬉しそうに呟かれ、マルコは掴んだエースのシャツを引っ張った。
「あっ、エースっ、…そのまま揺するんじゃ、」
「だってきついから、……けど」
 エースが根元まで繋がったまま腰を揺すったのは意図的ではなかったらしい。だが、それはマルコが一番弱いやり方だった。それは掴まれた性器が硬度を増したことでエースに露呈し、内部をほぐすようにゆっくりと前後に出し入れしたかと思えば、突然奥まで突き入れられて揺すられた。
「あっ、ぅ…エース!ゴムが溶ける…はやく、いけって、の」
「は………もったいね…くそ」
 長いストロークに動きを変えたエースが腰骨をぶつける様に攻め始め、余裕を手放したマルコが抑え切れなかった声を上げた。
 腰を掴み寄せて最奥に放ったエースに遅れて、マルコもエースの手の中に濃い精液を放った。内部からの快楽で迎えた絶頂は粘つくようにマルコの体中に貼り付き、しばしの痙攣が続いてエースを焦らせた。
「うあ…やっぱ破れてた。ごめん」
 引き抜かれたエースの楔は白く濡れ、溢れた粘液が赤くなったマルコの孔の縁を卑猥に彩っている。思わず指先でそれを触ってしまい、ビクリと体を揺らしたマルコは咄嗟にエースの頭を殴った。
「痛ぇ!」
「触るなっつったろい!…ああ、もう」
 とっととそれを片付けろ、と薄い手巾を投げつけられたエースが油分によって溶けて破れてしまった避妊具を取り去って塵箱に投げ入れる間に、マルコは身支度を終えてしまっていた。
「えと、中、平気?」
「……漏れたのは少しだったみてぇだから平気だよい」
 換気口を開け、サッシュの隙間から零れた煙草を拾ったマルコが部屋から出るのを、元から身につける衣服の少ないエースが慌てて追う。痛がってはいなかったが、マルコの歩き方はどことなく違和感があり、エースは言い知れぬ奇妙な感覚を覚えた。

 エースがマルコの部屋に行くまでに潜んでいた後甲板の消火樽の山に、マルコは軽々と飛び上がった。風でシャツが靡き、サッシュの巻かれていない腰と背中が先刻までは出ていなかった月に照らされ、エースの気持ちを何故か落ち着かなくさせる。
 今度こそマルコとエースを視認出来た見張りにマルコが手信号で同じ合図を送り、足先だけを炎に変えて飛び上がって来たエースに煙草を差し出した。
「マルコの火じゃ駄目なのか」
「幻だっつったろい。いい思いさせてやったんだ、労働しろよい」
「……っ」
 同じようで、違う。見張りも気がついているかもしれない。
 樽一つ分どころか、内臓まで距離を縮められたエースが大人しく指先で紙巻の先端に火を点けた。
 青白い月の光にの中に、赤い焔が一つ。
 細い白煙に晒されながら、エースは海へ向って両手を差し出した。何を、と不思議に思ったマルコだが、エースの見ている方向を見て合点が行った。
 少し欠けた月を、手の中に収めているのだ。子供のような仕草に、マルコが笑う事はない。
「エース」
「ん、なに」
 自分が無意識にやっていた仕草に気がつき、慌てて膝に手を置いたエースがマルコに振り向く。
「今日の朝飯は、豪勢らしいよい」
「……だから何」
「誰かの歓迎会らしいからな。夜まで宴会だそうだよい」
「…………………へぇ」
 そのまま黙り込んだエースの横でマルコはゆっくりと煙草を吸い終わり、残る吸い口を海へ指先で弾いた。細い軌道を描いて追った炎が海面に辿り着く前に紙巻を燃やし尽くし、青白い世界を僅かな時間だけ赤く照らす。
 マルコは座った時と同様に音もなく立ち上がり、潮風と埃にもつれたエースの髪を躊躇いなくかき混ぜて甲板へ飛び降りた。
 膝を抱えたままのエースは、振り向かない。振り返ったのは、マルコだ。動かないその姿は、月光に晒されて青白く光っていた。

 マルコのような幻ではなく。
 まるで、限りなく高温の炎のように。




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