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 童磨さんからいきなりの告白兼プロポーズを受けてから五日経った今日、私は喫茶店から徒歩圏内に位置するカフェでその時が来るのをじっと待っていた。約束の時間まで、あと数分。デートの時より遥かに強い緊張感に包まれていた私は、既に熱を失いつつあるコーヒーをゆっくり口へ流し込み、店内に飾ってある時計に目を移す。その動作を何度か繰り返していると入り口の自動ドアが開き、私に気付いた童磨さんが手に振りながらこちらへどんどん近付いて来る。

「ごめんね〜名前ちゃん、待った?」
「いえ、私もさっき来たばっかりですし大丈夫ですよ」

 月曜日こそマスターに冨岡さんの住所を教えてもらおうと喫茶店に顔を出したものの、入り口に程近い場所で対応してもらったので童磨さんとは直接顔を合わせておらず、それ以降も自分の気持ちをきちんと言葉にできるまでは店に行かないでおこうと心に決めていたので、童磨さんに会うのは本当に久しぶりに思えた。

「名前ちゃんの方からこうやって誘ってくれるなんて嬉しいな〜」
「……」
「……と思ったけど何だかあんまり良い話じゃなさそうだね」

 童磨さんが店員さんにコーヒーを頼み終えたタイミングで、私はある決意を胸に口を開く。

「あれからずっと考えたんですけど、私……やっぱり童磨さんとお付き合いすることはできません」

 すぐさま返ってきた「へえ、なんで?」という声と、周りをも凍らせてしまうようなどこまでも冷たい視線に一瞬身体全体が縮こまりそうになってしまう。でも、何日もかけて出した答えがそう簡単に変わることはなくて。拳をしっかりと握り直した私は再び思いの丈を言葉にした。

「童磨さんはカッコ良くて優しくて、とっても素敵な人だと思います。その考えは今でも変わっていません。……なので、そんな完璧な童磨さんと私じゃ到底釣り合わないと思っ、」
「いやそういうのはいいから。どうせ他にあるんでしょ?本当の理由」

 今言ったことだって決して嘘ではなかった。初めて会った時からついこの間まで、ずっとずっと憧れて続けていた人。……でも、憧れ以上に深く根付いてしまった違和感はそう簡単に取り除くことができなかったのだ。

「……この前童磨さんとデートをしてわかったんですけど、私って心が狭いだけじゃなくかなり嫉妬深い性格みたいなんですよね」
「えーそんなの俺気にしないよ?嫉妬深いなんてむしろ可愛いじゃん」
「でも童磨さん、色んな女性に対して簡単に可愛いって言うじゃないですか。きっと私、その度に目くじらを立てて終いには般若のお面みたいな怖い顔から元に戻らなくなっちゃいそうですもん」
「あっはっは!般若かあ、そりゃあ怖い!」

「面白いこと言うね〜」とケラケラ笑う様子を見ていると、果たして私の言いたいことがどのくらい伝わっているのか不安になってくる。自分としてはかなり重たい話をしているという意識があるのに、どうして童磨さんはこんなにも飄々としていられるんだろう。

「ねえ名前ちゃん、この前言ったこともう忘れちゃったの?俺、鬼舞辻グループの跡取りなんだよ」

 そうか、ここまで強気なのはきっとこの切り札があるからだ。余裕たっぷりといった口調のまま童磨さんは言葉を続ける。

「ちょっと考えればわかると思うんだけど、もし俺と結婚したら一生仕事なんかしなくていいんだよ?名前ちゃんってせっかく可愛い顔してるのに仕事のせいで服とか化粧がいっつも適当な感じだし、それってすごく勿体ないことだと思うんだよね。ぶっちゃけ名前ちゃんにはこの前のデートの時みたいなワンピースの方が何倍も何十倍も似合ってるよ」

──ああ、これだ。私が童磨さんに対して抱いた違和感の正体は、きっとこれだったんだ。

「……ごめんなさい。どう転んでも私、やっぱり童磨さんと付き合うのは難しいみたいです」
「えっ……うそ、名前ちゃん頭大丈夫?もう一回最初から説明しないとダメ?」
「いえ、その必要はありません」

 たとえ今よりもっと深い関係になったとしても、私たちがそれぞれ持ち合わせているベクトルが交わる可能性は限りなくゼロに近い。だって私と童磨さんでは、求めているものや大事にしていることがあまりにも違い過ぎるから。

「……私、この仕事が好きです。大好きなんです。そりゃあ仕事優先で動いてるんで童磨さんにとっては可愛げもなんともなく見えるかもしれませんけど、それでも私はこのスタイルや生活を変える気はありませんし、これから先もし結婚したりしたとしても簡単に辞めるような真似はしたくないんです」

「だから、ごめんなさい!」と頭を下げる私に、童磨さんの手がポンポンと優しく触れる。

「やめてよ。俺、女の子にそんな真似されるの嫌なんだから」
「そ、そうですよね。すいません……」
「……ねえ、今思ったんだけどさ」
「?」
「もしかして根本的に合わないのかなあ、俺たち」
「……そうみたいですね」

 そう言って目が合うと二人してふふふっと笑ってしまう。さっきまでの重たい空気は嘘のように晴れていった。

「わかった、じゃあもう名前ちゃんのことは諦める!……諦めるから、これだけは約束してくれない?」

 童磨さんは小指を立てて指切りのポーズをしたかと思えば「これからも店には普通に顔を出してほしいんだけど……ね、俺からの一生のお願い」と言うので、私も同じように小指を近付ける。

「わかりました。童磨さんさえ嫌じゃないのなら、是非」
「嫌なわけないじゃん。恋愛感情とか抜きにしても俺名前ちゃんのこと好きなんだからさ」

 最後に指切りを交わし、バイバーイと手を振る童磨さんを見送ってから私も店を後にする。冨岡さんの言っていた通り、童磨さんは嘘つきだ。だって、一生のお願いと称したあの約束はどこか負い目を感じている私に対する最大の気遣いだったのだから。
 そんな温かい気持ちを噛み締めながら駅に向かって歩いていると、人混みの中でよく知る後ろ姿が目に飛び込んでくる。

「あ……冨岡さーん!」

声に反応し、くるりと振り返ったのはやっぱり私が想像していた人物だった。

「良かった〜もう風邪治ったんですね」
「ああ、仕事だってそう何日も休むわけにはいかないしな」

 冨岡さんに会うのも実に数日ぶりだった。顔色も良くなってるし、仕事にも復帰しているとなれば本当に回復しているようで、今まで密かに責任を感じていた私も自分のことのように嬉しくなってしまう。

「今帰りか?」
「はい、冨岡さんも?」
「ああ、そうだ」

 自然と隣合わせになって人混みの中を並んで歩き始める。あ……これってもしかしてチャンスかも。そう感じた私は思い切って口を開いた。

「冨岡さん、あの……!」
「ん?」
「ずっと言いそびれてましたが、先週はどうもありがとうございました。その、どしゃ降りだったのに傘を貸してくれて……本当に助かりました」

 ちょうど一週間前のことを思い出す。あの時はひどい雨で、絶望感でいっぱいだった時に突然冨岡さんが現れて。しかも、後からわかったことだけど反対方面に住んでいる私をわざわざ送ろうとまでしてくれて。そういえば初めて冨岡さんに会った時もこんな雨の日だったなぁと昔の記憶までも蘇ってくる。

「……むしろ礼を言わなきゃいけないのはこっちの方だ」
「……え?」
「この前苗字が家に来てくれて助かった。忙しいのにすまなかったな」
「!そ……そんな、全然大したことしてませんし」

 胸にしまい込んでいたお礼を言えてホッとする反面、いつにない穏やかな声色についドギマギしてしまう。冨岡さん、風邪をひいた時からやけに優しくなった気がするんだけど……やっぱりまだ熱でもあるんじゃないのかな。なんだか色んな意味で心配になってしまう。

「最近忙しかったのか?」
「えっ?そんなことないですけど……私そんなに疲れてるように見えました?」
「あ……そうじゃなくて」

 ここ何日か姿を見せなかったから、とやはり意外性抜群の投げ掛けに混乱が止まらない。えっと……隣にいるのって本当に冨岡さん、だよね……?

「……あ、はは。こんな客でも毎日来ないと寂しいですか?」

 お願いだから「そんなわけないだろう」とか「調子にのるな」と言って下さいお願いだから……!心の中で祈るように何度も唱えたが、

「……そうかもしれないな」

 ……その願い虚しく。いやもう、この際別人ってことにしておこう。じゃないと頭が本当に追いつかない。そんな時、目の前にユラユラと白い粒が落ちてきて私も冨岡さんも自然と空を見上げた。

「あ……雪」

 例年よりも早めの初雪に感動して、ふと足を止める。ここ最近は仕事だけじゃなく、プライベートでも色んなことがあった。この時間がとても大切で貴重なものに思えるのはあくまでそういった部分から生まれたものであって、他に特筆すべき理由なんてものは存在しない。

「……?どうかしたか」
「!いえ、何でも」

存在しない……はずである。

だけど、私はこの時まだ知らなかった。これから先の生活が更に目紛しく変わっていき、そして。

「……綺麗ですねぇ」
「ああ」

数ヶ月後には冨岡さんとこうして並んで歩くことも、彼の淹れたコーヒーを飲んだりすることも出来なくなるなんて、この時はまだ知る由もなかったのだ。

(2020/06/13)

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