「遅い」その声がハヤトの耳に届く頃には、ハヤトの身体は吹き飛ばされ木の幹に叩き付けられた後だった。がはっ!と一瞬呼吸が止まり、ハヤトの身体が少し遅れて地面に落ちる。
ハヤトを蹴り飛ばした方の足をすっ…と下ろし、マシロはゆっくりと近付き地面に倒れ腹を押さえながら咳き込むハヤトを見下し「平和ボケしたか」と言った。
その言葉にハヤトはマシロをキッ…と睨む。マシロは笑いながらハヤトの目の前に右手を差し出した。差し出された手を悔しそうに掴むハヤトは地面から立ち上がり服についた砂を払う。
そんな二人を横目にソフィアは屋敷の縁側でお茶の準備をしていた。
からんっ…とコップの中で氷が鳴る。汗をタオルで拭きながらコップに注がれた冷えたお茶を飲み干すと火照った体には心地良かった。
ハヤトが座る縁側の床に飲み干したコップを置けば、後ろから「おかわりはいりますか?」とソフィアから声を掛けられたので「頼む」とコップを差し出す。
氷がコップにぶつかる高い音を聞きながら、先程の組み手についてハヤトは考えていた。武器と術は一切なし、自分の身体能力のみでの組み手。
マシロが自分を蹴り飛ばしたとき、その動作が全く見えなかった。しかも、自分が防御の体制に入ろうとした瞬間に蹴りはハヤトの腹を突き呼吸を止められた。
……ここまで実力差があると、いっそ清々しいが…悔しいものは悔しいのだ。
自分の隣でゆっくりとお茶を飲むマシロに目を向ければ「やらんぞ」と言って、ゴクゴクッと喉を鳴らしお茶を飲み干した。いや、別に欲しいわけじゃないんだが……。
するとソフィアが俺の反対側に腰を下ろし笑いながら「マシロは強いでしょ?」と言う。そう言えばマシロさんはソフィアの弟子だった事を思い出す。
「27戦中20勝7敗…流石に体術でマシロに勝つのは難しいですか?」
「体術どころか、写輪眼なしじゃマシロさんの相手すら出来ないし…その内の7勝なんて術有りでやっとだ…。どんな鍛え方したらこんな強さになるんだよ」
「私が教えたのは基礎と応用だけよ?ただ、私の場合は習うより慣れろってタイプですから」
「つまり、実践だな」
「………一つ聞いて良いか?」
「なんです?」
俺は口の中に溜まった唾液をごくり…と飲み込んでから……
「ソフィアってマシロさんより強い…のか?」
「当たり前だ。俺はこの方に勝利した事はない」
「!!?」
「フフ…以外でしょ?」
「以外どころか衝撃過ぎる…ッ!!!」
「落ち込むな、鬱陶しい。再開するぞ」
「うわっ!引っ張るな!!」
「さて、私もそろそろ始めましょうか」
そう言って立ち上がり、台所へ向かう。傍に用意してあったエプロンを身につけ、袖を捲り手を洗う。今日はいつもの真っ白な服ではないから、動きやすい。
先程炊いたご飯に塩を加え握る。おにぎりの具は幾つか用意したが…お弁当のおかずは何を作ろうかと考えていたとき…
不意に感じた気配に「つまみ食いはダメよ」とこれから行うであろう人物に静止の声を掛けるが…どうやら遅かったらしい。
背後から手が伸びては既に完成したおにぎりに手を出し一口、ぱくりっ…と口に含み…もぐもぐとそのおにぎりを食べきってから「美味いな」と感想を言う人物。
以前知り合ったハヤトの師匠であるファイ=アカツキと名乗る女性。銀髪で毛先が藤色に変色し、黒い大きな眼帯と長身が特徴的な人。いや、一番の特徴はその人柄と言うべきか。
ファイの存在に驚かないソフィアはふっ…と笑い、「つまみ食いは感心しませんよ」とファイを嗜める。
「硬いこと言うなって!俺は何をすれば良い?」
「そうね。たこさんウインナーでも焼いてもらおうかしら」
「任せろ!俺は料理は得意だからな!!」
「期待してもいいんですよね?」
「勿論だッ!」
丁度、時間は11時を過ぎた頃だった。
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