それは、いつの事だったでしょう。確か、やけに蝉の鳴き声が煩い日でした。光のような少女が私の屋敷を尋ねてきたのは。

珍しいことでした。彼女が私の屋敷を訪ねることは、えぇ…とてもね。だから、なんとなく彼女がここに来た理由は分かりました。

彼女は私に頼み事をしに来たのだと。人には言えない頼み事、人には聞かれてはいけない頼み事。

私の屋敷は森の最深部で木々に囲まれた場所にあります。ですから、太陽の光は木漏れ日程度で…少し肌寒いくらい夏は涼しいのです。

そんなひっそりとした場所は誰も来ませんし来れませんので密談をするのには打って付けな場所なんですよ。でも、彼女が来た時点で誰も…と言うわけじゃないですけどね。

ごく一部の人間がこの場所に辿り着けます。それ以外の人間は、……そうですね…永久に迷うか…迷っている最中に動物達に食べられるか…それか、………。

まぁ…それはともかく、私は居間に上げようとすると少女はここで良い…と。此処とは縁側です。少女がそう言うのなら、そこでも良いかと思いました。

そして、縁側に座らせ…私も隣に座りました。時刻はもう、夕方でした。夕方、夕方の大禍時。逢魔時。人と妖が交わる時間帯と謂われてますね。

赤い陽が…沈んで、オレンジ色の染め上げていた空が少しずつ暗い色に変化して…夜になる、その前には彼女を帰さないと…。

夜になるとここら辺は物騒だから…と思いながら少女の隣にいた。








ソフィア…と、私は呼ばれたので少女に返事を返しました。どうしました…?と聞けば……膝に重みが加わったのを感じた。頭を乗せた少女はそっと、話し始める。

三日後の任務のこと、仲間のこと、一族のこと、親友のこと、兄のこと……そして………病のことを。

症状が最近酷くなった…。咳の回数が多くなり、息も苦しい…身体の倦怠感や時折胃から込み上げて来る吐き気。仲間に隠し通せるか、不安だと…。

ぎゅっ…と拳を握る少女はとても、辛そうだった。だから、その手をそっと握れば…少女は力強く握り返してきた。








「ソフィア…お願いがあるの…」

「なんですか…?」

「抱き締めてくれない、かな………」




膝から頭を持ち上げた少女は私の目を見つめ、消えそうな声で言った。とても、とても…小さな声で…「お願い…」と。

私は断る理由もなかったので、どうぞ…と。すると少女は私を押し倒す勢いで抱き着いてきた。そっと、背に手を回してやれば…抱きつく腕に力が込められたのが分かった。

そして、私の耳元で嗚咽を漏らすのだった。少女は泣いている、必死に声を押し殺して……泣いている。時折聞こえる、少女の閉じ込めた思いは………。




「……死に…た、く……ないっ……まだ、一緒にいたい…っ……」

「でも、でも……、この身体が、許してっ…くれない……!」

「なんで…、あたし達…なの…よ……っ……」

「…どうして、…どうして……!」

「あたし、…あたしは………!!」








”生きたい”




その言葉に、私は…自分の無力さと生い立ちを呪った。私は…この子にしてやれることは何もないのだと…あぁ、苦痛だ。この子は生きたいと願っているのに…。

やれるものなら、私の寿命でも力でもなんでも…与えてやりたい。だけども、それが出来ない。








ほんの少しだけ、私の過去についてお話しましょう。

それは私が怪異になる前の話です。私はとある一族の当主とその妻の間に出来た子供でした。しかも、その一族には謂い伝えがあったのです。

女児は短命だと。その言葉の通り、私の母は短命だったそうです。私を生んでから直ぐ亡くなったそうですよ。

だから、私は母の温もりは知りません。






とりあえず、私も例外はなく短命だったわけです。

勿論、少女と同じようにどうして自分なのかとも思いました。苦しみました悲しみましたが…それを受け入れました。

そして、私は…









気付いたときには怪異になっていたのです。

その時にはもう、老いない身体と死ねない身体…つまりは不老不死になってました。




フフ…先程の話の辻褄が合うでしょ?私の血肉を口にしようと、不死にはなれない。私の力を吸収しようと不老にはなれない。

寿命を与えようにも私が生きるべくして生きる時間はとうに終わっている。あぁ…本当に悔しいですね。

自嘲するしかなかった。望まないものは手に入るのに、本当に望んでいるものはいつもこの手を擦り抜けていく。

手に入りはしない。この手には残らない、私には何もないのだ………。

そして、やっと手に入れた繋がりも…もう直ぐ失う。









だから…どうか、もう少しだけ…この温もりを奪わないで欲しい。

そう願った矢先にこの温もりは奪われてしまった。














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