「お茶のおかわりいかがですか?」
「あ、下さい」
「それとお茶一つ追加」
「少々、お待ちください」
店員が奥の中厨房へ入っていくと、マシロさんは俺と向かい合う形で席に座った。
そして、「ハヤト、お前ソフィア様になんかしたのか?」と…いきなり確信を突いてきた。ソフィア、…という名前にびくっと肩が跳ねる。
罪悪感から滲む、彼女への気持ち。俺はソフィアがヒカリをどう思っていたのか知らない……。
それに、マシロさんは盲目的にソフィアに忠誠を誓った人だ。俺が感情的になって、手を上げたと言えばきっと…ただじゃ済まない。
確実に殺される!!(いや、冗談抜きで
内心びくびくしながら次の言葉を待てば期待外れ(寧ろ、外れてくれなければ困る)のが来た。しかも、溜め息つきで。
「鳴雛ヒカリのことで責めてやるな」
「……?」
「あの方はあの方なりに苦しんでるんだ」
「それって……」
「それに、鳴雛ヒカリが死んだ後…鳴雛チトセとソフィア様は大名どもに呼び出されたんだ。どうしてだが、分かるか?」
「…いえ」
「鳴雛の令嬢の鳴雛ヒカリは鳴雛一族でも強い癒しの力を持つ者だった。それを失うのは大名どもにとっては痛手だったみたいで、鳴雛チトセを責めた。
勿論鳴雛チトセは、言い返すことが出来なかった。いや、言い返すことも出来ないほど弱っていた。
本当に見ていられない程、痛々しい姿だった…。だけども、大名や家臣どもは構わず彼を罵ったさ…。
そして、最後にはうちはハヤトを殺してヒカリを助ければ良かったんじゃないか…と…。」
「…っ……!」
俺は唇を思いっきり噛んだ。口の中に広がった鉄の味に、胸がきりきりと痛んだ。
そうだ、もしも…あの時…俺が死んでいたら。もしも、もしも、もしも…と無意味な自問自答を俺は何度も繰り返す。
ハヤト…とカカシに声を掛けられた瞬間、はっ…とする。今更後悔しても、ヒカリは戻ってこない…。だけども……、やはり考えてしまうのだ。
すると、マシロさんが切り揃えられた前髪を右手で掻き揚げた。その行為に視線を奪われた。若藤色の瞳がゆらゆら…と揺れ、マシロさんの口端は弧を描く。
「そしたら、……」と…続きの言葉に俺は大きく目を見開いた。隣にいたカカシも驚きを隠せなかったようだ。
「ソフィア様がブチ切れて、その場に居た家臣どもに重傷負わせて…」
「ソフィア様が言ったんだ…。大名どもにも家臣どもにも……
『貴方達が好き勝手言ってる間に、あの子がどんなに苦しんだか分かってるのですか。
生きたくても、生きれなかった…あの子が、ヒカリがどんな思いであの子を生かしたと思ってるんですか。
それを理解しない貴方達に彼を責める資格も彼女の死も、うちはハヤトに対する文句も言える立場じゃないことを知りなさい』って……。
あの時のソフィア様は誰でも見惚れるくらい凛々しくて、美しかった!!」
「てか、ソフィアそれで大丈夫だったのか!?」
「ん…あー…、まぁ……あんまり表沙汰にしたくなかったからか。ソフィア様の刑も軽いものだったらしい。」
「…普通、そこまでしたら死刑くらい行くでしょ?」
「そうだな。でも、そこらへんは…あの人の配慮があったし………。でも、もしも…ソフィア様が死刑にでもなるなら俺は………」
「……俺は…?」
そう問いかける俺にマシロさんは思いっきり笑い。
「ソフィア様と共に脱獄でもなんでもしてやるさ」
「この人いい笑顔で何言っちゃてんの!!!?!しかも、発言が無駄に男前!!!!」
「どこぞの変態ぐるぐる仮面とかスダレ針ネズミの手なんかに渡してたまるか!!」
「ちょっと!その後半のネタ一部の人にしか分からないから出さないでぇぇぇ!!!!」
「さて、じゃ…行くか」
「もう…?」
「あぁ。次の仕事があるんでな」
マシロさんは席を立って、俺達の食べた物が記されている伝票を奪って会計へ向かう。俺が払うと言えばマシロさんはさも当然のように「たまには、先輩らしいことさせろ」と。
お、男前だ!!マシロさん…貴女、本当にあのロリコンセコハラトサカ頭の妹ですか!!?と問いたくなった。いや、マジで。
そう思ったとき、カカシがマシロさんの隣に立ち「てか、俺が払うよ?」と言う。すると、マシロさんはカカシに向かって……
「別に良いよ。はっきり言って俺…お前より稼いでるし」と。
「嘘でしょ?」
「大マジだ。てか、暗部時代より稼いでる」
「え!?ちょっ…マシロさん、通帳見せてください!!」
「ほら」
カカシの手にあるマシロさんの通帳を見れば、それはもう…大変なことになっていた。0の数が可笑しいし、一回の仕事で入る金の数が桁違いだ。
暗部総隊長の俺より余裕で稼いでるし……!!
「何をしてこんなに稼げるんですか……」
「普通に要人警護だ。大名は馬鹿ばかりだからな、大金はたいても自分の命が惜しいってことだろ」
「…はぁ…」
「本当に苛立つけど…あいつの存在で、ソフィア様は成り立ってるわけだし……」
「それって…どういう…「じゃあな」………!」
その言の葉を残してマシロさんは消えた。俺とカカシはぽつん…とこの場に残された。「ソフィアと仲直りしてきなよ」と言ってカカシも消えた。
全くこの兄妹共は言いたいことだっけ言って……!呆れ半分、ありがた半分……とりあえず吹っ切れることは出来た。
ばちんっ!と両頬を自分の両手で叩いてから俺は走り出す。
景色がブレて見えるのは俺が思いっきり走っているから、…早く謝りたいし…ソフィアの気持ちを聞きたいから…。
だから、俺は走るのだ。
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