その後、本当に30秒で全てを終わらせたソフィア姉は斗真に使用していた点滴などの回収作業に取り掛かり始めた。診察の結果は、異常なし。病み上がりの状態だから無理はするなのことだ。ちなみに、斗真は恐怖のあまり母親に泣きつく子供のようになっていた。はぁ…何か嬉しくて同い年の自分より二回りも大きい大男に泣き付かれなきゃなんねぇだよ。
「ひくっ……春さん、俺頑張ったよね…っ?」
「良く我慢した、良い子だ。だから泣くな」
「ぐすっ…」
………なんでだろうか、この歳で知りたくなかった注射を我慢した子供を褒める母親の心境だ。そんなことを思っていると、磨りガラスの扉が開かれた。真夏でも真っ黒な服を着る一華、今日は黒い七部丈のシャツと灰色のチェックブッシュカーゴパンツを履いていた。……全体的に細身にまとめてあるファッションは一華の小柄さを更に引き立てている。女扱いや子供扱いを嫌うこの男はそれでもこういうファッションを好んでする。
ソフィア姉はネイビーの蝶やら花がプリントされたドルマンスリーブと呼ばれるゆったりとした服に白いパンツと赤い眼鏡、なんともカジュアルな格好をしていた。普段下ろしている髪は団子にして纏め上げられているし…本当にお休み中の所、申し訳ないくらいだ。
「ソフィア終わったー?」
「えぇ、終わりましたよ」
「お疲れ様。じゃさ、この後お茶しない?近くで紅茶の美味しいお店みつけたんだ!」
ねぇ、ソフィア、ソフィア、と犬のようにじゃれついてくる一華を適当にあしらい、車に荷物を置いてくるとこの場を去るソフィア姉。やっぱり、何時見てもこの光景は滑稽で面白いが…何時になってもこの二人の関係というモノが見えてこない。まぁ、別に良いが。ソフィア姉がいなくなったことにより、急に大人しくなった一華は興味の対象を変えた。
「そう言えば…君何処かで見たような?」
一華は、こてんっ…と首を傾げながら斗真をまじまじと観察する。若干、肩を跳ねさせた斗真。身体を起き上がらせ、一華から逃げるように後退する。そりゃ…初対面で馬鹿デカイ鋏を眼前に見せ付けられりゃ誰だって逃げたくなるわな。とりあえず、斗真を庇うように前に出た。すると、おっ?と一華は俺を見て目を瞬かせる。
「えぇ、何?雪君その子のこと好きになったの??」
「…腐った妄想すんなドアホが。」
別に好きとか、嫌いとか。そんな感情は抱いてはいない。
ただの興味本位、と言うわけでもないが………。
言うなら、なんとなくだ。
「……あ、あの……」
「どうした…?」
「この人達って、……」
「あぁ。そうだったな、さっきお前を見たのがソフィアって人だ。
で、これが………――――。」
と、言い掛けたとき視界には既に奴の姿は無く…しまったと思う暇も無く、斗真から悲鳴が上がった。
ぺろんっ…。
「それにしても、君いい身体してるね。羨ましい」
「ぎゃぁああああ!!!捲るな!!!」
「わぁっ…腹筋割れてる!僕なんて、何故か筋肉も体力も付きにくい体質だからな……」
「触るな、撫でるな、摘むな、揉むな…!!本気で止めて、なんかぞわぞわするからっ……!」
「それにしても、不思議な髪ね。染めてるの…?」
「えぇ、まぁ……って……。
どっから現れた!?!」
「普通に扉から入ってきましたよ」
「気配が無いっ!!」
「でしょうね」
一華に加え、ソフィア姉も参戦とか……。
自己紹介以前にカオスな空間が誕生した。俺はもう知らんぞ。
呆れと疲れで溜め息が零れる。あぁ、本当に疲れた。
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