ふわふわとする意識。痺れる指先。頬に当たる冷たい冷気。茶色の木目の天井、腕に刺された点滴の針。響く時計の秒針の音に意識がはっきりしてくる。何処だろう、見たことの無い場所だった。民間病院か?しかし、民間の病院でもこんな場所みたことない。その時、がらがらっ…と音を立てて磨りガラスの扉が引かれた。
そこに居たのは色素の薄い茶色の髪の目付きの悪い小さい男。いや、多分…日向と同じくらいだと思うし年齢は自分とそう変わらない。すると、男は俺が目覚めていたのに驚きはせず「なんだ、起きてたのか」の一言。
「あの、此処は……?」
「駅の近くの古書店だ。店の前に倒れていたのを俺が拾った」
「……でも、この点滴…」
「知り合いの医者に頼んだ」
飲めるか?渡されたコップには氷とスポーツ飲料のようなものが入っていた。受け取ってから、少し間をおき…こくっ、と一口含めばポカリのような甘さが口の中に広がった。俺がそれを口にした途端、この男の表情が俄かに緩んだ気がした。安心したって…感じかな?多分。
それから、顔付き的には胡坐をかいて豪快に座るかと思えば…男は静かに正座で座る。足を半歩引いて座ったと言う事は武術と言うか…武道系の部活をやっていたんだろうか?体格的には、合気道だと思うが……。
「熱失神。熱中症らしい」
「………、そう…ですか……」
「自己紹介がまだだったな。俺は春川雪那と言う、お前は?」
「あ…白祈院斗真、です。」
「白祈院か。俺のことは好きに呼べば良いから」
「なら、春さんで良い?てか、タメなの??」
「お前が17ならそうなんだろうな。ほら、もう少し寝てろ。」
汗で剥がれ落ちそうになっていた冷えピタを再度貼り直し、俺を横にしようとする春さん。取っ付き難いかと思えば、案外そうではないのだ。春さんは顔付きの所為で少し誤解を受けるだろうが、不器用で優しい。だから、先ほどの表情が緩んだと言うのは間違いではないと思う。……と、初対面ながら俺は思った。根拠はないけど勘かな。
立ち上がり部屋を出て行こうとする春さんを呼び止めた。すると、春さんは振り返り「なんだ?」と聞いてくる。
「寝れねぇんだけど……」
いや、本当に。途中半端に目覚めたからこの後寝てろって言われても正直無理だった。すると、春さんはくすっ…と笑い、俺に向かって「俺に寝物語でも話せと?」なんて聞いてくる。とりあえず、なんでも良いから話が聞きたかった。
目を細め近くに積んであった本を一冊手に取り、開く。「なら、こんな話はどうだ。」俺の隣に腰を下ろし、話し始める
そして、その数分後に一つの波乱がやってくることを俺はまだ知らない。
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