はかない
「後悔してる?」
首に手をかけると汗でべとついていた。不健康に白い肌が眩しく温かい。ぼこっと出た喉仏を親指で撫ぜると私は思う。私は此処から生まれる音を心の底から愛している。およそこの世で生きるありとあらゆる生物の発する声の中で、この男の声ほど私の心を震わし、私を酔わすものなど無い。いまの私にとって間違いなく世界で一番愛する声はこの男のものだ。
ひゅっと音がした。徐徐に力を込めていく。果たして女の力で為せるのか疑問であったが私でも可能なようだ。それはこの男が一切の抵抗をしない(それは予想道りであった)からと云うものも理由にある。私が問いかけた瞬間、一瞬黒の瞳の中にギラついた青白い光が強く灯ったが、それもすぐに消えいつもの眼差しの色に変わった。それが更に私を腹立たせ、また恐くもあった。手に込める力を強くすると、いよいよ彼はその形のいい手を私の手に重ねた。私はそれでようやく満足できると思った。目を閉じて真っ暗な世界を見る。彼の言葉が嘘になる痛みをより鮮明に強く感じたい。
…だがいつまで経っても重ねられた手に力が加えられることも、爪が立てられることもなかった。疑問に目を開いた次の瞬間、彼の唇の端が僅かに上がるのを目にし私は殴られたような感覚を覚えてめまいがした。
「む…だ、だよ」
音になりきらない息の言葉は確かにそう告げた。。
良かった、そんな安堵が生暖かくじわじわ心に広がり、私は泣いてそのくちびるにキスをした。2015.8.10
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