証明




「しかし、あの子ども、本当にあの御方と血が繋がっているのか?」
 庭園にさざめく覚えのある嘲笑、一言一句違わずに。無論、たったいま後ろ指をさされた子どもというのは彼のことではあり得ない。今や彼は腕力も権力も強大なものを手にしている。此処にいる誰一人として想像が及ばないだろう――“あの御方”たる彼、力と恐怖で以て裏社会に君臨するザンザス様が、かつて全く同じ文句を陰で囁かれたなどと。
 陰口……無力な子どもを標的とするとき、往々にして、それは厳密に隠匿されない。たとえそれが権力者の子息であっても。幼いザンザスがそうしたように、子どもは傍で息を潜めている。聞かれていることを分かって、隊員たちは勝手を言うのだ。流石に当のザンザスにまで聞かれているとは考えまいが。
 ヴァリアーの城のバルコニーからザンザスは全貌を見渡していた。庭園からは少々距離を隔てるも、彼からすればさして問題はない。彼は聴力に秀でたが、敢えて耳をそばだてなくとも唇の動きから会話を読める。そして読唇などするまでもなく、次に続く言葉を推測することさえできた。――あの子どもは一切が、偉大な父上とは似ても似つかない。
 子どもの握った拳が震えた。下町から引き取られたばかりの幼いザンザスと比べれば幾分かマシな体格であったが、それでも歳のわりに貧相な身体つきだ。その上、炎も宿さない。子どもは非才だった。容姿も、素質も、ザンザスのもつ一切を引き継がなかった。どころか、母親にも似ていない。とうに土の下へ行ったその女がザンザスを崇拝していたことは誰もが知るところであったが……何処ぞで孕まされた彼女が妄執に取り憑かれ、あの御方の種と思い込んだまま狂い死んだ、というのが目下真相と思われていた。漏れ聞こえてくる噂話をザンザスも特に否定せずにいる。
 一通りの侮辱で鬱憤を晴らすと、隊員たちは立ち去った。残された子どもはまだ物陰で、屈辱に肩をふるわせている。やがて、手近な彫像を蹴った。堰を切ったように激情が発露する。膝をつき、地を殴り、髪を掻き毟って天を仰ぎ――左の手で右手首を強く握り締めて呻いた。
「炎を出せ……!」
 ザンザスは喉の奥で低く笑う。つくづくと救えない子どもだ。物心ついた頃から母はなく、父とされる存在からは見向きもされず。両親の形質を写さぬ身体で、縋る先は“父”の炎。せめてあの女に似ていれば……似ていれば、なんだ? ザンザスは自らの思考に眉を顰めた。あの女を知る隊員たちが少しは憐れんだか? それともオレが、このオレが、何か少しでも異なる情を、あのガキに抱いたとでも言うのか。或いは、いっそアレが本当に誰にも似ていなければ……くだらねぇ仮定だ。事実として子どもは似ており、それは何より雄弁な証明であった。
「あの御方の子どもだ……! 容姿なんて似ていなくても、炎さえあれば、掌の炎をお父様にお見せすることが叶えば! 炎! ああ炎だけが、きっとそれを証明する……!」
 這いつくばって、子どもが喚く。取り憑かれたように己の掌を凝視して。……ああ、よく似ている。子どもが何を成せずとも、炎を持たなくとも、実のところザンザスはそれが実子と確信していた。この先、誰に明かすつもりもないが。そして彼さえ語らなければ、養父亡き今、それに気付ける者はない。子どもは生き写しだったのだ。祖母に。ザンザスの炎に妄執し、狂って死んだ彼の生母に。


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