死んだ女の子ども




 面影は元々あったものの、成長するに従ってますます色濃く顕れてきた。呪わしいほど。子どもはあの女によく似ていた。顔など碌に見もしなかったが、視界の端にちらつく輪郭と、目障りな毛色がそのものだ。生き写しと言っていい。女としてザンザスと契り、しもべとして生涯の忠誠を誓いながら、彼が眠らされていた八年のうちにどこの男の種とも知れぬガキを拵え、挙げ句野垂れ死んだという裏切り者に。
 無口な子どもの出自に詳しい者はなく、歳さえ幾つとも知れない。抑も興味もなかったが。孤児院から連れ去ってきた時点で二足で歩き、言葉を解した、それで充分。敢えて言うならベルフェゴールがヴァリアーにやってきた頃……奴はもう少し賢かったが、まあ凡その印象としては似たり寄ったりだ。十にも満たぬ乳臭いガキだった。自我も道徳も備えていたが、暗殺者としての教育を施すのに遅すぎるということはない。寧ろ痛みで躾けられる分、御し易いとさえ言える。
 死なない程度に甚振った。間抜け、愚鈍、役立たず――かつてザンザスが女へと浴びせた痛罵は、その血を引く子どもにもそっくり使い回せる。子どもはわりあいに従順であったが、ザンザスは構わず打ち据えた。女の行方を追う過程で存在を突き止めたとき、或いは一目で女の似姿と認めたときから決めていた。光を奪い、温かなものは全て塗り替えてやろう。何処かで触れてきたやさしさ、母や、父の記憶がもしも残っているのなら。嬲り、踏み躙ってやるのだ、もはや殺すことも叶わぬあの女の分まで。機械的にインプットさせた何種もの言語で、しかし余計な口をきくことは一切許さず。ただ命令にのみ反応するよう仕込んだ。身の程知らずにもザンザスを誑かした女の不実の結晶だ、本来、この世に存在してはならない。人らしい生など許すものか。道具として使い捨ててやる。
 終着点は奇しくもその容貌があの忌々しい氷の眠りの直前、女に纏わる記憶の末尾にある姿と丁度重なる頃に訪れた。腹に穴を開けられつつも完遂した任務の報告を終え、その死に際の錯乱のなかで、これを最後と無駄口をきく。朦朧としてザンザスを呼んだが――その呼び方は、彼を愛した女とも、崇める部下たちとも異なる。Padre。あの女の顔をして、子どもは世界でただ一人、ザンザスに対してそんな呼称を使った。

 お父さん、独りにはしません。天国へ召された母に代わり、私が地獄で貴方を待ちます。

 目を見開いたまま事切れた。子どもの瞳が赤いことを――そこにのみ父親の形質を受け継いでいたことを、ザンザスはそのとき初めて知った。


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