きみの好みの




 一番はじめは確かそう、中学に上がってすぐのこと。ロングヘアーのクラスメイトが佐久早のことを好きになった。ある時彼女は白昼堂々、佐久早の机に手をついて問うた。
「佐久早くんってどういう子がタイプなの?」
 私は驚き、ついついそちらに視線を遣る。
 当然ながら小学生の時分にだって、男の子・女の子の線引きはずっとあった。幼馴染の佐久早は男の子で、古森も男の子で、私は女の子。体育のとき私たちは一緒の場所で着替えないし、水着の形も違う。女の子たちは、私が二人と一緒にボールで遊んでいると、それはおかしいと指摘した。私もやがてそういうものだと理解して、お昼休みは教室で女の子の友達とお喋りに興じるのが普通になった。
 佐久早の格好よさが誰かに発見されるのだって別に初めてのことじゃない。同い年の男子の中では珍しい、静かな佇まい。潔癖じみて気難しい面もあるけれど、明瞭な意思表示にはいつでも説得力がある。そして目を惹く高身長。しなやかに伸びていく手脚は、中学年頃に始めたバレーボールでも大いに役立っているという。佐久早はいつでも大勢に囲まれている、というタイプではなかったが、遠巻きに憧れている女の子は少なくなかった。
 しかしながら、色素の薄い長髪を軽く巻いたお洒落な彼女。中学校から学区の重なったその子はあまりにもはっきりと“女の子”で、当たり前に佐久早を“異性”として見ていて。それが私には結構衝撃的だったのだ。佐久早の、好みのタイプ?考えたこともなかった。そんなものを知りたがった子は同じ小学校に、少なくとも私の周りにはいなかったように思う。あの子、佐久早に好かれたいのかな。憧れとか尊敬じゃなく。カレシとか、そういう対象として佐久早に興味をもっているの?私は思わず二人を注視した。
「考えたこともない」
「ええ、何か一個でもないの?」
 ずいっと顔を近付けられて、髪が触れそうなほどの距離。佐久早が鬱陶しげに顔を逸らす。逸らした先の、斜め後ろ。一瞬。目が合った、ような気がした。
「……髪は……短い方が清潔なんじゃないの」
 彼の闇色の瞳の中で、可愛げのない少年じみた短髪が、怯えたように背筋を正す。佐久早の視線を追うように、幾つかの好奇の視線が私を射抜いた。
 それからだ、私が髪を伸ばすようになったのは。清潔感まで失うつもりはなかったので、手入れはきちんとした。高校生になる頃には、長い黒髪は私のトレードマークとして。褒められれば、ありがとう!と裏表なく素直に笑う。佐久早は静かな人が好きと噂に聞いた日から、引っ込み思案な私は鳴りを潜めていた。言葉少なな佐久早のことだ、幾らかは憶測もあるだろう。それでも興味本位な他者の手で佐久早の恋愛事情が掘り返されるたび、勘繰るような視線を向けられるのが怖かった。私は違う、私と佐久早には何もない。佐久早は私のことなんか見てないよ。化膿のリスクを厭わずピアスを開け、佐久早が嫌いな長い爪にネイルを施す。
「みょうじさんてどんなタイプが好みなの?」
「私は……」
 無意識に其方に視線を遣ったのは、正反対を答えるためだ。私は明るい人が好き。大らかで活力にあふれて、ときどき無鉄砲で。みんなを巻き込んで笑顔にする、夏の大波みたいな眩しい人が好き。間違っても佐久早なんかじゃない──なのになんで、こっちを向いているの?彼の嫌う嘘を紡ごうと戦慄く唇を、夜の海のような深い瞳がじっと見つめている気がした。


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