お節介な部外者の話




※治両片想い概念夢主サブリミナルNTR前夜 徒花の一幕として書いたけど没った。
※43巻読む前の印象。極!発売前なのでアランくんが一人っ子。


 奪われるということに、宮治ほど慣れ親しんだ男もいないだろう。
 お節介な部外者の一人として、尾白アランは心底同情する。付け狙われる治にも、欲さずにはいられない侑にも。

 幼い頃から侑はいつも、治のものを欲しがった。

 治の食うとるやつのが美味そう。合宿所の食堂で、隣に座る治の皿へと箸を伸ばす侑を嗜めたのが多分最初だ。まだアランが中学にも上がらない時分のことだった。
 同じのあるやろ、お前の分が。慣れたように躱す治と口惜しげに食い下がる侑の無益な応酬をアランは「アホか」と一蹴した。飯んときくらい行儀よおしとかんと、またコーチに叱られんで。
「そやけどアランくん、治がなんでも美味そに食うから、ずるいんや!」
「ずるないわ。侑ん方こそやたらに騒ぐから、同情したおばちゃんに大盛りしてもろて、いしこいやんか」
「同情ちゃうわ、実力や!」
「なんの実力やねん」
「おん、試すか?」
「やるんか?」
 互いを指差して喚く双子はあと数分と待たず、本日何度目かもわからない雷に背筋を伸ばすのだろう。アホらしい。アランは構わず自分に取り分けられた食事に向き直る。アホ。アホや、アホ双子。

 そんな調子でいつも同レベルの小競り合いばかりしているものだから。彼らよりひとつ年長で、しかも他校生でもあったアランがその非対称性に気付くまでにはそれなりの時間を要したのだった。

「侑にとられてん。あいつ、物返さへんから」
 つい先日新品なのだと自慢したばかりのスニーカーを履いてこなかった朝も、やはり治は平然と言ってのけた。アランはこの双子の生きる“常識”に、時折ぞっとさせられる。
 アランには兄弟がいない。そのため、彼の思い描く兄弟像というものは実感を伴わない朧げなイメージでしかなかったが……物の所有に関して言えばこの双子は、侑からの一方的な搾取が過ぎる。兄弟というものは往々にして持ち物を共有しがちなものだとアランは想像しているが、侑の欲しがり方というのはいっそ異様なほどに思われた。
「いつも取られとるな、治は」
「まあいつでも取り返せるし、俺のがオトナやから見逃してやっとお」
「治は侑のもん、奪い返そうとか思わんのか?」
「別に。侑、センスないし」
 治は肩を竦めて嘯く。さも当然とばかりに、哀れなほど履き潰されたスニーカーが小石を蹴っている。内心アランは頭を抱えた。毎日毎日、下らない理由で飽きもせず喧嘩するくせに、どうしてこういうところだけ。お節介が痺れを切らし、この日はとうとう、長らく黙認してきたそこに切り込んでしまった。
「言うたらええやろ、俺の物とるなって」
「俺の物……」
 遂に諭そうとしたアランの言葉を、治はぎこちなく反芻する。今ひとつ馴染みがないという、その無表情にぎくりと気圧されたアランを他所に。おそろしいほど静かな声で、問いかけとも独言ともつかぬ呟き。
「……アランくんには、あるんか? 何か、絶対に間違いなく自分だけのやって主張できる物」
「治の物は、治だけの物やろ」
「んー。まあ俺かて、楽しみにしとる食い物やらとられたら、そらむかつくけど……とられたら“おかしい”と思うほどの物、そないにいっぱい持っとるもんかな」
 淀みなく、治は疑問を口にする。“双子”の内側を覗けないアランは、ついぞ返す言葉を持ち得なかった。

 そしてアランは長らくの間、その密やかな後悔を胸の底に温め続けることとなる。

 そんなことだから、その女子生徒と連れ立って歩く治を初めて見た時、アランの胸の内にはなんとも言い難い感慨が湧き上がったものだ。
 別に、治の隣に女子がいること自体は特段珍しいことでもない。アランには理解し難いが、双子と関係したがる女子は掃いて捨てるほどいたため、取っ替え引っ替え女子を侍らせているなんて、なんなら見飽きた光景とも言える。
 だからこそ直感的に、アランはそれを特別だと察することができた。
 執着と、尊重と、渇望と、独占欲と。様々な感情を綯交ぜにした結果、保たれている奇跡的な拮抗。彼女を見つめる治の瞳は、表面上ひどく穏やかに凪いでいる。手放すなど、誰かに奪われるなど想定することすらないとばかり。考えるまでもなくその隣は自分の場所だと、周囲を牽制しているようにさえ見えた。
 不可侵の、自分だけの物などこの世にあるものだろうかと。
 かつて不思議そうに言ちた頼りない自我はそこになく、治は治の恋を、ただ当然に大切な自分だけのものとして胸に懐いているようだった。
「って、付き合うてないんかい!」
「尾白さん、それ治に直接言ってくださいよ」
「言えるか!なんやねんあいつ、アオハルか!」
 体育館の片隅で双子の同輩たちと談笑する傍ら、アランは僅かばかりの不安を抱えてちらりと侑を見遣った。片割れの交友関係になど関心なく、休憩時間にさえ何事か模索するようにボールを弄り回している様子にひとまず胸を撫で下ろす。

 侑の目に留まらなければいい。侑が治のものを羨む癖は、治が“美味そうにする”からだ。
 本人さえも無自覚であろう。対象が何であれ殆ど条件反射的に侑は治の皿を侵す。バレーボールに熱を上げる侑が一介の女子に横恋慕など、正直考え難かったが……治はあの娘といるとき、あまりに幸福そうな顔をするから。仮に侑が、まるでスプーンに掬った大好物を口に運ぶ寸前のような治のそれを目にして──羨んだり、妬んだり、万一欲してしまえば、今回ばかりは治も退かないはずだ。アランは静かに危惧を抱く。
 まるで玩具を引っ張り合って壊してしまう、子供のように。
 奪われ慣れた腕の中に、はじめて何かを留めようとする治に。片割れの味わう未知の愉悦を意固地になって手に入れようとする侑に。それぞれ腕を掴まれてしまえば、あの少女とてただでは済むまい。
 きっと三人ともを不幸にしてしまう。その未来が訪れないことを、お節介な部外者は願うのだった。


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