花殻を編む




 みょうじなまえは宮治と結婚する。治にとってそれは幼い頃から揺るぎなく、確定的な未来であった。単なる傲慢や的外れな恋慕、まして願望などでは決してない。胸に懐くその確信をよすがに、治は彼女を誰より特別に扱ってきたつもりだった。

 宮なまえ

 学生時代、ろくに板書をしないノートの片隅に幾度か書きつけてみたことがある。そのかたちは未だ治の網膜に明瞭に焼き付いたまま、望めばいつでも取り出して、うっとりと眺めてみることができた。単純な文字の並びとしては少々いびつなバランスだろうか。けれども好ましく思ったものだ、存在の一部を治に食べられてしまったかのような、どこか間抜けた継ぎ接ぎの名前を。順当だろう、そもそも宝冠を戴くのが相応しい高貴な姫君でもあるまい。彼女が少女らしく煌びやかな空想に目を輝かせていた時分を思い起こし、つい失笑混じりの息を吐く。
 昔から、白詰草の花冠が精々の素朴な娘であった。幼馴染である鏡写しのような双子に左右の手を引かれるまま、ひだまりを転げ、風に髪を乱し、終いに三人足を縺れさせて花野に倒れ込んだとしても、土の香にまみれて平然と笑っていられるような。整えられた硬質な美しさというものも世には確かにあるだろうが、たとえば彼女の憧れていた金属製の絢爛なティアラなんて、仮に物語を抜け出て彼女のために誂えられたとて、飾りとしては窮屈が過ぎる。粗暴な少年の手で編まれたおかしな形の花冠とか、そういう方が軽やかで好い。やがて彼女が冠すべき一文字きりの苗字も、そうやってなまえに馴染むものだと治は理解していた。

「結婚したら、私も宮になるんやねぇ」

 三人でお揃いや、と笑った顔を覚えている。片割れの目を盗み、花をひと茎まるめただけの指輪でいとけなく契りを交わした春、あのころなまえは治のものだった。たとえ彼女自身さえ気付いていなかったのだとしても、たしかに治だけのものだったはずなのに。
 みょうじなまえはいずれ、宮なまえとなる。
 まさしく治の目の前に、胸の内に温め続けた確信が現実と成っていた。その絶妙におさまりの悪い名前は、やはり彼女によく似合う。思い描いていた通りだ、ただひとつ、その不格好な野花の冠を与えたのが治でなかったことを除けば。


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