桃と卵
桃と卵
桃と卵
そっと掌を当てた胎の中に、生命を内包しているらしい。頼りなく薄い皮膚の向こう、下腹の柔らかな肉に埋もれて静かに水を湛える臓器。此処に息づき、確かな出生意志のみを指針とするそれは、彼女が平然と生きてきた幾週間を密やかに揺蕩っていたという。
不思議な心地がした。何故だろう、愛する人と交わし合った熱よりも、重ねた不実の記憶のうち、或る一夜の心当たりが遠く思い起こされる。一度だけだ、彼の人が避妊をしなかったのは。夫とだって幾度も同じことをしているので、それは確証とはなり得ない。
けれど、どのように言い聞かせてみたところで、芽生えた疑念を摘み去ることは終ぞ叶わなかった。
完璧な反証もまたありはしないのだ。外見には何ら変化を齎さぬまま、そのじつ肉体は彼女自身の意思とさえ無関係に胚子を受け入れ、これを生かし育むべく養分を送り続けてきたのだから。好意も嫌悪も関係なく、花は受粉し実を結ぶ。
おめでとうございます。儀礼的に浴びせられる祝福が肌にぶつかっては砕け散り、からだの表面を滑り落ちていく、温い夏の雨のように。なぜ、口々に歓んでみせるのだろう。どんな言葉も、建前も真実も、腹の奥底で守られている不義の胎児には届くまいに。眩暈にくらりと視界が白む。
「宮さん?」
呼びかけられ、彼女は視線を上げる。一体自分の口元はどんな風に引き攣りながら微笑を形作ったであろうか。医師の事務的な説明に、ごく自然と織り交ぜられる未来の日付。世界はその子の誕生を疑いもしない。仮に秘密が明るみに出るとして、石を投げられるべきは無辜の赤児であるはずもなく。
まだ可能性に過ぎない。それなのに確信めいた警鐘が鼓動のペースで脈打っている。
彼女に宿り、芽吹きの刻を待つ種は、夫ではなくその片割れの血を引いている。
[治]→
[侑]→
(桃と卵1/3)