ジコチュー狂詩曲




  一

 熱意と人情と責任感の男・銀島結くん。現世最低の自己中女から、あなたにお伝えしたいことがあります。
 
「ぶっちゃけ未だに私と付き合うとるの、後に退けなくなっただけやろ!」
「いや本人に言えっての」
 
 クッソでかい溜息と共に勢いよく机に突っ伏せば、頭上から注がれる心底どうでもよさげな声。いや友情冷えっ冷えかい。クリアアサヒかい。ひどいわ、結くんやったら絶対こない薄情な返事せえへんのに。
 唇を尖らせて文句を垂れると、今度は友人がクッソでかい溜息を落とす。
 
「毎日毎分毎秒……結くん結くんうっさいねん。銀島結がそないに偉いか?」
「偉いわ! 私なんかの彼氏してくれとんのやぞ! 今朝だってなぁ、」
「息するように惚気んのやめえや、聞き飽きた」
「飽きることあるかい。毎日毎分毎秒、今この瞬間も結くんの偉大さは更新され続けとんのや」
「いや知らんて」
「知らしめるて」
 
 じとぉ……と呆れ果てた半眼にも怯まず睨み合う。絶対にのろけたい女vs.本気で聞きたない女の最終決戦がここに始まろうとしていた。それ、ほんまに幸せ絶頂のトモダチに向けてええ目か?おん?無い胸に手ぇ当てて省みぃ。
 
「そないに骨抜きであんた、実際銀島に別れ切り出されたらどないすんねん」
「生きてかれへん。って私が思うとるの知ったら、結くん絶対私のこと見捨てたりせんのやろなあ」
「優しさだか責任感だか知らんけど、ええ加減それ利用して束縛するのんに罪悪感ないんか?」
「待って待ってなんで急にぶっ刺すん」
 
 負けられない戦い、秒で決着つきました。ぐうの音も出んほどの完敗ですわ。
 項垂れる私の肩を叩く友人の声音は慰めとも叱責ともつかない。
 
「なあ、あんたらのためや思て言うとんのやで。毎分毎秒躁鬱ばりにテンションジェットコースターするくらいやったら、一遍はっきりさしたらどや」
 
 一理どころか三千理はあるご提案のオーバーキルに、もう母を訪ねて早退しかねない。私は再び机に突っ伏して頭を抱えた。いや分かるけど。でも、本人?本人に訊けるか普通?間違いなく関係終わるで。のたうち回って呻く私にはそれ以上追撃してこない友人の最後の情すらしんどい。

 そう、皆様ご存じの通り。何を隠そう銀島結くんが私と付き合うてくれとる理由って、正直ぶっちゃけ責任感でしかないんやと思う。



  二

 事の発端は、まあ言うてしまえば事故のようなもん。

「つか、これ完ッ全に事故チュー……」

 ぽつりと溢したのは、高みの見物決めよる観衆のうちの、一体全体誰やったんか。強かに頭打ったせいでぐわんぐわんする耳ではいまいち聞き分けられず、復讐の算段すら立てられへん。私ら囲んで輪になんな!キャンプファイヤーちゃうねんぞ!普段なら喚くに違いない場面でありながら、激しい動揺と、そもそも出口を物理的に塞がれているがゆえに、結局言葉は出てこおへんかった。

 それはアホみたいなふざけ合いの交差点となる昼休みの教室で起きた、ごくありふれた衝突事故の一例。丸めたプリントの紙吹雪を散らしながら、机や椅子がド派手に吹っ飛ぶ音をファンファーレ代わりに。衆目に晒される中、当時花も恥じらう高一喪女だった私は、かねてより絶賛片想わせていただいていた銀島結くん(16)に押し倒される形でファースト・キッスを散らしたのだ。うせやん。

「え……あ、う……」
「す、すまん……俺……」

 実は当たっていませんでした〜!などという言い訳は到底利かない。たっぷり10カウントに及ぶKO濃厚接触の末なんとか起き上がった銀島くんの、哀れなほどに蒼褪めて言葉を探すその唇には謎のトマトジュースが付着していた。謎のっつか、はっきり申し上げてガイシャが誰なのかは割れている。私や、さっきまでトマトジュース啜っとった私しかおらん。ほら今も口ん中からだばだばと、飲み干したはずのジュースが際限なく逆流……するか普通?
 ちょっと意識を集中してみると、体温と同じ温度をしたそれがどうやら鉄錆っぽい味をしていることと、やっぱり私から湧き出ていることがわかった。いやこれジュースとちゃうやん。全然痛みがないもんで危うく気付かんまま終わるとこや。このえげつない出血量、リスとかやったら死んどるレベル。

 血て。血って、アカン、銀島くんに汚い思われたら立ち直れへん……。

 散らかり倒した思考の中、思い至った可能性にびびった私はようやっと硬直を解いて跳ね起き、カッターシャツの袖口で銀島くんの口元をガシガシと拭った。ええもう、ガッシガシと。

「え、ええのっ! 気にせんといて! ごめん、ほんま、あれ……血! 血な! 痛ない!? 大丈夫!?」
「や、怪我しとんのそっちやろ。っちゅーか、口……」
「わあああ! 銀島くんの大事なファーストキッス? やんな? 奪ってもうてえらいすんません! 私も初めてやけどな! キッス! 嫌やったよね!? 私なんぞとキッッッッス」
「キッ……!? やっぱそういう認識になるんか……」

 アドレナリンの暴走のままにキスキスキスキス連呼して、口からだばだば血ィ流しながら絶叫する様はスプラッタ・ムービーさながらだったと後に級友らは語る。あわれ銀島くんはゾンビに襟首ひっつかまれ、呆然と揺すられるままとなっていた。

「キス……してもうたんか……嫁入り前の女子に……」

 こんな血だるまに女子の尊厳見出してくれるんは世界広しと言えど銀島くんだけです。もう恥じらいで血圧上がって流血が滝〜。血染めで真っ赤な私と対照的に、事態を重く受け止めすぎた銀島くんがみるみる真っ青になっていくので私より重症ちゃうかと心配になる。

「その、すまん! 何て詫びたらええかわからんわ……」
「いやいやいやそない世の終わりみたいな顔せんでも! わわ私はずっと銀島くんのこと好いとったから嫌やないし……なんならこれで責任とって付き合う言うてくれたらラッキーやなぁくらいな気持ちやし!? あはは……」
「何や、それほんまか」
「そらもうキッスに誓って嘘ないです」
「……なるほどなぁ」

 なにやら考え込むようなごく短い沈黙の後、跪座の姿勢をとってまっすぐ目を合わせてきた銀島くんが格好よすぎて思わずこちらも居住まいを正す。え、なん?なんなん?
 交感神経系ガンギマリ過ぎてなんやいらんこと口走った気もするけど既によお分からん。覚悟決まった目つきとか、ごくりと上下する喉仏の動きを追うのに忙しい。あああ、ゆっくり開かれる口の端に、まだ血の跡が残っとお。

「せやったら、責任とらして。俺と付き合うてくれ」

 その直後、口切ったせいだか鼻血噴いたせいだか分からん貧血で意識を飛ばしてしまったけれども。

 かくして沸き立つ約20人の立合証人の眼前で、私は私のワンサイドラブにけじめをつけさせてしまったのだった。最低か。



  三

「つくづく男前や、結くん……」
「そ、そうか? ありがとおな」
 精悍なご尊顔をガン見して、またしても自明の理を噛み締めてしもた。

 一日に86400回程気付かされるが、私は銀島結くんにまじで超絶惚れ込んでいる。凛々しい眉とか、眼光鋭い三白眼とか、その如何にも剛毅な顔立ちに乗っかるおひとよし人相のバランスなんかいっそ芸術的やと思う。
 無論、好きポイントは好み真ん中ドストライクな造形だけに留まらない。たとえばこれ、こちらが呼吸感覚で讃える毎に律儀に照れてみせるところとか、普通に好感しかあらへん。

 去年秋頃に発生した例の事故から約半年。二年生になってからはクラスも分かれてしまったというのに、結くんは相変わらず忙しい部活の合間を縫って私との時間を作ってくれている。デートこそ殆ど出来ないものの、お昼ごはんを一緒に食べたり、歩くときに手を繋いだり。その他私が望めば望んだだけ、照れ臭そうにしながらも必要以上にアベック然とした諸々を叶えてくれた。最高の夢か?
 ありがとうございますありがとうございますと拝むたび「付き合っとるんやから当然やろ」と面映ゆげに頬を掻く、彼の義務感に思いっきり樽でつけ込んでいる自覚はある。好きです、ほんま。何をおいても。

 二人で中庭へ向かう道中、私たちはいつも約束事のように自販機で紙パックのジュースを買う。
 中庭のベンチひとつ独占して、結くんの部活の話を聞いたり、結くんのクラスでのこと聞いたり、私が普段以上に一方的に根掘ったり葉掘ったりしまくるのは月に一度、結くんの午後練が休みの日のお決まりだった。

 二人並んで座るとき、結くんは距離感を私に委ねる。自分の決めた位置に腰掛け、私がどこにどう座ろうと、離れもしなければ、詰めてもこない。頭を預けて密着なんかした日には僅かに背筋を伸ばして緊張こそするけれど、結局何を言うでもなく私の勝手にさせる。……彼女の行いに口出しするなって、もしかして誰かの入れ知恵なんやろか。

 でれっでれの思考に差す不穏な陰りに溜め息を吐きたくなる。最近ずっとこんなや。なんとなく目を背けてきた様々なことが、結くんがバレー部のレギュラーになってからというもの、やたら目につく。

 好きなら銀の邪魔すんなや、と心臓にぶっ刺さったトゲが主張してくるのはこういう瞬間だ。まったくの図星でありながら、わりかし無慈悲な友人でさえ口にしたことのないその単語を。あの日、一切の躊躇いなくぶつけてきたのは結くんのチームメイトだった。
 反射的に宮侑の頬を張った私がぶん殴り返される直前、割って入った結くんの困り果てた表情が忘れられない。
「無茶したらアカンで。侑は女子にも容赦ないし、その……手ぇやってまだ治っとらんねやから」
 事故当時はアドレナリンがドバり過ぎていて微塵も気が付かなかったが、ガタイのいい結くんの下敷きになった私は軟弱にも手首を捻挫していた。その上変則的とはいえ結くんと付き合えるという事実に浮かれ過ぎてまじで数日間痛覚の存在を失念し、あろうことか毎日踊り狂って全身を無駄に酷使していたため、発覚した頃には微妙にちょっぴり悪化していたのだ。脳内麻薬侮れりん。
 まあ要するにその頃私の手首が包帯ぐるぐる巻きであったのは自分自身の落ち度であり、結くんに非があるとすればそれはちょっと尋常じゃなく格好良く生まれついてしまったことくらいのものなのである。まあそんなん非にはなり得んけどな、天の恵みやから。
 ともあれ真面目な彼にますます負い目を感じさせる要因となったこの一件がチームメイトに知れ渡れば、強豪バレー部で既に次代の主力と目されていた有望な選手の時間をそんなアホのために割くことを良しとはできん仲間、或いはファンなんかも当然出てきた。身を引けと真っ向から言い放たれたのは、流石に宮侑の一件くらいのもんやけども。

 そんなご意見の数々をド正論やんと頭で分かりつつ、どうしても受け入れられなくて、都度背に庇ってくれる結くんの優しさに甘えたまま今に至る。

「結くん」
「どしたん?」
「オレンジジュース、ちょっともろてええ?」
「おお」

 そしてまたも私を甘やかして、ぶっきらぼうに明後日の方向を見ながら、結くんはストローを差し出してくれる。何の気もない風を装いつつ、その頬はいつもの如く赤く染まっていた。……本人は気付いとらんのやろけど、髪が短いから横を向くと寧ろ耳まで茹で上がってるのバレッバレなんやけどな。事故チューでお近付きになったっちゅーのに今更間接キス如きでここまで照れられるとか天然記念物かいな。私も人のこと言えんくらい茹で蛸なっとる自覚あるけど。

 結くんは自販機で紙パックのジュースを買うとき、殆どの場合オレンジジュースを選んだ。自惚れでなければ、それは付き合いたての頃に私がトマトジュース飲むかオレンジジュース飲むか決めかねて自販機の前で頽れたとき以来だ。その時の発言が、私の結くんヒストリアに次のように残されている。
「俺これ買うつもりやってん、分けたるからどっちも飲んだらええやんな」
 その日から私の大好物はオレンジジュースで、それはもう好きや好きやと騒ぐもんやから。きっと結くんはこうして私に分け与えるために、オレンジジュースを選び続けるんやと思う。

 そういうところも含めて好きしかない。と言いたいところだが、好きだけで済ますには感情が膨れすぎた。

 罪悪感ないんかって?……あるに決まっとるわ。邪魔とか、知っとる。結くんの日常に、バレーに、私の存在なんかお荷物でしかない。
 本当は部活に打ち込む格好いい結くんを遠くから見ているだけでよかった。この関係の全部、あん時はちゃめちゃ動揺してる結くんに、自己中女が余計なこと言うてつけ入ったからや。

 いくら結くんが彼氏でいてくれようとしたって、こうして与えてもろとる限り、私はずっと結くんの彼女にはなれないんと違うかなあ。

 強豪校の運動部でレギュラー張って、結くんやって暇やない。気付かんふりして時間使わすなんて悪辣や。結くんに見合う女になりたかったら無責任とか不誠実とか、一番あったらあかんやつ。私を突き放せない結くんに代わって、今日こそ言い出しっぺが手ぇ放さな。
 躁鬱ジェットコースターが今日一番のスピードで急降下してく。結くんがいま目の前におって、ええタイミングや。勢いに乗ってまえ、これ逃す手ぇないで。

「結くん、あんなぁ。……ずっと言いたかったことがあんねんけど」

 ああ、ほんまのこと言うと、嘘でも傍にいてほしいけれど。
 大好きな銀島結くん。責任感ゆえに私を恋人と呼んでくれるあなたに、言うたらなあかんことがあります。



  四

「“好きやから別れてください”……って言わなあかんねんけどどうしても“すきや”で止まってまうんや。そしたら結くん、なんて返すと思う? “俺も”やて。ほんまは松屋や吉野家や言いたいんやろなあ、三文字ぽっちでめっちゃ歯切れ悪かってん、完全に優しい嘘やんな? そないなこと言わしてもうてほんっま申し訳ない。けどな、一発で躁や。フロアぶち上がり。その言葉だけ抱いてどんな長い夜も越えてゆけます。こっちは本気で惚れてん、負担になりたないのかて本音やけども……いや無理や無理無理別れるとか絶対無理、少なくとも私から言うんは無理。わかるやろ?」

 思うに結くんは、正攻法ではなかなか落とせんタイプのお人やなかろうか。

 あの事故チュー捻挫事件がなかった世界線のこと考えてみぃ。たとえば私が手紙で結くん呼び出して「ずっと前から好きでした。私と付き合うてください」言うたとする。そしたら結くん律儀に頭下げて「すまん。気持ちは嬉しんやけど、今は部活に集中したいから」言うやん。「バリボーが一番でええから、邪魔にならんようにするから」て食い下がったとこで「俺そないに器用やないし、寂しい思いさせてまう」とかめっちゃ誠実にお断りするやん。目に浮かぶわ。

 つまり結くんがお荷物でしかない私を傍に置いてくれとる理由、千回反芻した通り、まじで確実にただの負い目。誠実な結くんに責任感ゆえの嘘吐かしとんのもその負い目。そんでそんな背負わんでいいもん背負わした張本人から「ありがとうごめんなさいもうええよ」ってできひんのやったら、もう方法一つしかないやんか。

「……ちゅーわけで宮侑、今度こそ私んことぶん殴ってええで。全治三週間程度の捻挫を超えてく感じでよろしゅう〜」
「おお任しとき。俺は侑やないけど、あの人でなしなら女子殴って骨砕くくらい造作もないわ」
「話早くて助かるわぁ」
「いや何を勝手に進めとんのや、一つもついていかれへんわ!」

 愛しの銀島結くんを呪縛から解き放つべく宮侑と交渉を進めていると宮侑の背後から色違いの宮侑が現れて一人漫才を始めた。が、そんなことで動じる私ではない。以前結くんの試合を観に行ったときに視界の端に捉えたのだが、なんと宮侑は最大七人(色違い1含む)にまで分身することができるのだ。まさしくバケモンたちの宴。

「なあそれサーブのルーティンのこと言うとる? 漫画的表現手法を現実に持ち込むんやめえや」
「読心術やと!? やはりニンジャ……」
「忍者ちゃうわ! 全部口からだだ漏れとんのや!」

 後から現れた金角の方がどうやら本体だったらしく、奴はかつて私に結くんと別れるよう迫ったときと同じクソ喧しい声で喚き始めた。あーこれこれ、ほんま耳障りやけどこの短気こそ今求めていたもん。さあ、思う存分殴るがええ。
 施無畏印与願印の構えで暴力を赦そうとする私を、しかし宮侑は殴らない。

「……はよボコれや! 結くん以上に重傷負わして結くんの罪悪感を払拭し、私というお荷物抱えて贖罪の人生送れ!」
「推定俺相手になに惚気てんのかと思たらそういう話やったん!?」
「侑よかったやん、前にちょっと寝取り願望ある言うとったもんな。性癖やんな」
「何をさらっと暴露しとんじゃクソ治! っちゅーか銀の女寝取るんはなんか駄目やろ! 角名のならワンチャンあるかも知らんけど銀はアカン、そもそもこいつが無理!」
「誰が寝取られるか! 私が欲しとんのは純然たる暴力や! 貴様を犠牲に結くんの未来切り拓くんや!」
「なんやええ子やん。さすが銀の彼女やで。侑、はよ殴ったり」
「適当か! 自分が殴れ!」
「俺は女は殴られへん」
「嘘吐け些細なことで同棲中の彼女殴ってはべそべそ謝って許し乞うて結局また繰り返しそなツラしよって!」
「そらお前んツラや」

 銀角まで口出ししてきて混沌を極める言い争い。よっしゃ、今や、そこだ、殴れ!脳内ギャラリーが囃立てるも、金角銀角は加害の権利を押し付け合う一方。どころか私を差し置いて互いで掴み合いをおっ始めんばかりだった。こらこら、なんやねんこの構図。私のために争わんといて。



  五

 結局のところツムだかサムだかいう宮たちは私のことを殴らんまま、脱線した口論の末バレー部名物双子乱闘とやらに縺れ込んでいった。折角なら七つ子で乱闘しとけや、まじ使えん。しかもどうにも面倒な置き土産を残していったらしい、ミヤだけに。

「銀島結事故チュー事件の次は宮ンズに奪い合われとるて……あんた、バレー部絡みのスキャンダル多すぎん?」
「せやからほんっまに誤解やて」
「わかっとるけど噂は噂やで」

 よくもまあそこまで心底どうでもよさそにできるよなってくらい、友人はどうでもよさそうに頬杖を突いていた。なんなんその態度。まるで他人事みたいやんけ、他人事やけど!

 いま巷を席巻する事実無根の噂はこうだ。昨日の双子乱闘、発端はご存知銀島結くんの彼女。彼氏と別れたがっているそいつをどちらが貰い受けるかで口論となり、実力行使に至ったと。……いや、絶妙に間違うてへんのが腹立つ。自分に腹立つわこんなん。

 金角と銀角はこの件に関しどうやら否定すらせずにだんまり決め込んどるらしい。立ててきた浮き名で並木道作れる色男からしたら私なぞ雑木の一本に過ぎんてか。しかしこちとら結くん一筋の喪女改め淑女、なんなら結くんとさえ大人の階段上っとらん潔白の身や。不貞の謗りには断固として弁明したい、ほんま全力で結くんの誤解解きたい。

「って思とるのになんで結くんなんも訊いてこおへんのや……」
「興味ないんちゃう?」
「そこは嘘でも慰めんかい」

 ああああかん、恋する乙女特有のクッソでかい溜め息が止まらへん。でもしゃあないよな、結くんお昼も会ったのにいつも通りやったもんな。関係あらへんよな、私が金角銀角にチョメチョメされてお嫁に行かれんカラダになってたところで。ただただ結くんは私の彼氏としての責務をまっとうして弁当一緒に食べたり手ぇ繋いだり私が要求することこなしていくだけなんや。発端の濃厚事故チュー除けば未だに間接キス以上のところに発展してかんのが証拠やんか。はあ、、まぢむり。。

「もう嫌や! 結くんが私のこと好いてくれるわけないなんて分かり切っとったけど、ほんっま……ここまで興味ない女のためにこの先一分一秒も時間使わせたない! 負担になりたない! 別れるで!」
「はいはい」
「私は! 本日を以って! 銀島結くんと! お別れします!」
「なんやそれ、初耳やけど」
「いやこんなん100万回言うた…ねこ……」

 それでは、ここでクエスチョンです。冷め切った相槌に突然取って代わった宇宙一のイケヴォは、皆さんもよく知っているある人のお声にそっくりでした。さてその人物とは、一体誰でしょう。

 目の前のアホが動揺のあまり世界のふしぎを発見し出しているとも知らず、その人は戸惑いつつも真剣な顔をして問うてくる。

「俺ら別れるん?」

 ああ神様仏様お稲荷様、お願いです。私のスーパーひとしくん、ボッシュートせんといてください。



  六

 言葉の綾です、別れたない、絶対嫌や、見捨てんといて。爆速で浮かんでは消える自己中過ぎる釈明の数々、しかしながら。いやでも待て、となけなしの理性が言う。これ、今しかないのでは?ずっと言えなかったけど、既に言ってしまってるわけだから、もうこれはあと一押しなのでは?いやでもほんと無理結くんなしで生きられへん。いやいや漢気見せろ、死んでも結くんを解放せえ。

 まるで天使と悪魔が交互に囁きかけてくるかのような右脳と左脳のガチバトルでオーバーヒートして。永遠にも思われた沈黙の末、とうとう口をついたのは「ひとしくん、ぶ、ぶかつは……?」とかいうノーコンクソ間抜け質問返しやった。なんでや。

「これから行くとこやったけど、なんや教室から声聞こえたから」
「ッスよね……」

 知っとったわ。実のない問答でまたしても結くんの貴重な時間と地球の酸素を無駄にしてしもた。
 パニックなって泡吹いてる私の心理など手に取るように分かっているだろうに、友人は助けを求める視線を無視して席を立つと、いつの間にか私たちを取り囲んでいた野次馬の群れに加わっていく。いやボレロかて。結くん極めとんのはバレエとちゃうぞバレーやバレー。いちいち輪になるな、はい解散。

 当事者が直々に解散のハンドサインをしてやっているにも関わらずオーディエンスが散る気配はない。仕方なく私はもう一人の当事者、結くんに忖度スマイルを向けた。

「ひ、結くんもそろそろ部活行かな……」
「いや、話すことあるやろ。さっきの、」
「〜〜っごめん! 聞きたない!」

 メロドラマか?
 我ながら小っ恥ずかしくなるほどのヒロイン気取りっぷりやった。でも、なんか結くん怒ってるっぽいし、このままだと世界一聞きたない言葉聞くことになりそやし。かけていただく有難いお言葉とはいえ、遮って逃げ出そうと試みる私をどうか許してほしい。
 しかし重ねて恥ずかしいことに、勢い込んで立ち上がったものの、廊下への退路というやつは人の修羅場大好きな鬼畜どもの肉壁によって完全に塞がれていた。変な沈黙、喩えるならばたっぷり八秒待ってからサーブ打つ奴の間ぁみたいな嫌な感じの膠着に、このままでは羞恥心が限界を迎えてまう。ええい、邪魔や!

「……かくなる上はっ!」
「!? ちょお、待て!」

 二階くらいなら死なんと内心で唱えつつ、反転した私は手薄な窓側に向かって駆け出した。いや、ちょっとくらい死ぬかも知らんけどそんでもこの生き地獄の末に結くんの口から別れ切り出されるよりゃマシや!幸いにも窓は開いとる、跳び箱の要領でぴょいっといって脚から落ちたらいけるいける。自己責任の怪我で結くんの罪悪感も帳消しや。私は窓枠に勢いよく手をついた。

「さよなら愛した人!」
「待てって、なに考えとんねん!」

 半身くらいは外に乗り出していたと思う。それでも首根っこ掴んで引き戻すパワー4は重力に打ち勝ち、私は半ばぶん投げられるようにして後ろに倒れ込んだ。空中で捻った上半身と下半身が逆向いててねじ切れそう。自分が今うつ伏せなんだか仰向けなんだかもわからない。しかもなんか、口切ったかな。めっちゃ既視感のある痛みに呻きつつ目を開くと、まじで世界一好きな顔面がゼロ距離にあったので、もう一度目を閉じ直した。ギャラリー、騒めいてるなぁ。そうやこれ、これはあの伝説の。

「結局事故チューかいな……!」

 そう、それです。

 私は鼻血を噴いて気絶した。



  七

「そんで飛び降りようとした私を結くん後ろから抱き留めてな、あの最初の事故チュー以来初めてのあまーいキッスを……」
「あんた、現場におった人間相手によおそこまで話盛れるな……」

 恋のお悩み相談室ご本人登場事件から数日。私は未だ夢ん中におった。

 脳味噌ふわっふわのどろっどろではありつつも、大衆の前であれだけのラブラブっぷりをかましたにも関わらずしぶとく生き残る宮と私の艶聞を根絶やしにすべく、結くんと自分の睦まじプロパガンダに勤しむ日々である。というわけで、友人との話題は専ら結くんとのラブエピ自慢だ。今までと何も変わってへん気もする。

 ちなみに、結くんが宮どもと私の噂について微塵も気にしていない理由については一言、「俺んこと好きやっていつも言うてくれとるやんか」でしかないそうで。……私はもう、己が恥ずかしい。

 あの日鼻血噴いて気絶した私が目覚めたのは、都合よくも丁度結くんの部活が終わるくらいの時間やった。そこで当日のうちに膝付き合わせて話し合わせていただき、結果的に私たちが別れることはなかった。ていうか生涯別れることはないと思う。結婚できる、明日にでも。その際の会話、お付き合い史上最高に痴話喧嘩っぽい一節を、結くんヒストリアから一部抜粋します。……せや、まずは私が至極真剣な声で切り出す。「結くん、この際やから言うけど……いや言いたないけどな、お忙しいなか義務感で私に付き合わすの流石に申し訳なくて……」すると結くんも、むっとしたように眉を寄せる。「……好きやって言っとお」「う、嘘や! ダウト!」私は思わず叫んだ、もうそっからは止まらへん。「いっつも隣に座る時、全然寄っかかってこおへんやんか!」「そんなん恥ずくて無理やろ……」「ジュースもくれるばっかりで、自分は私の欲しがらへんし!」「嬉しそうにしとんの見られたらええんや」「なんでもかんでも要求するの私ばっかやねん! せやから手繋ぎ止まりで……キスとかセッ「いやこっちから言われへんわ、鼻血噴くやん! ……してええなら、するけど」「え!? え、ええに決まっとるやん、こないに好き好き纏わりついてくる女……」「決まってはないやろ」「結くん……そういうとこ、好きや……!」要は硬派ゆえ、ということですれ違いの全てはめでたく解決。
 そんでもって結くんが私のどういうところを愛しんでくれているのかは流石に恥ずかしすぎていくら友人であっても言われへんのです、申し訳ない。いやあ、ほんま幸せ過ぎて申し訳ない。

 それにしても友人の目、クッソ死んどるわ。

「……聞いとるだけで胃もたれすんのやけど。ええんか、そんなんで」
「うんっ。結くんならなんでもええっ」
「……まあ幸せならええけども」

 ああ、熱意と人情と責任感の男・銀島結くん。あなたのジコチュー女から、お伝えしたいことがあります。
 
「ほんま毎日毎分毎秒、好き……!」
「せやから本人に言えっての」


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