白鳥沢

「モイラの糸を引きちぎる」前日譚/牛島

運命でないなんて分かってはいたけれど、気にも留めていなかった。生まれついてのアルファとアルファ。世界には後天的にバースが変わった例もあると聞くが、殆ど眉唾な都市伝説だ。種が落ちた土地に根を張る植物の如く、私たちの在り方は覆らない。
私たちにとって、番いになれないことなどさしたる問題ではない。この国の婚姻制度はバース性に規制を設けてはいなかったし、アルファ性同士が結び付くこと自体別段珍しいことでもない。なにより若利は、傑出した人間が多いとされるアルファの中に於いてさえ圧倒的な人だ。その力強い歩みは、たとえば敷かれた道を外れてさえ、彼の後ろに新たな道を踏み拓き、それを正道とさせてしまうような。だから私は、小指を交わした幼い日から、彼と結ばれることを疑いもしなかった。きっと如何なる壁に阻まれたところで、私たちが共にいることを誰にも止められない。彼がそれを疑っていないのだから。
私たちは理性によって結びつく。それが獣の本能よりも高尚で、強固なものだという幻想は――そう、幻想であったのだ。崩壊の時はあまりに呆気ない。
オメガを見るのが初めてというわけではない。けれどそのひとは、決定的に別物だ。なにせ一瞥、それだけで。それまでの己の二十余年を、築き上げてきた思想を、一挙に覆された心地がする。運命。いかずちに撃たれたように駆け巡る。きっと私は、この瞬間を、この出会いを待っていた。抗い難く、意思さえもなく、ひとつ自然の摂理として。私はこのひとと番うのだと。
本能に身をまかせる前に、“最後”に若利と話す時間を。そう留まれたのは、心臓に浅く引っ掛かった、きっと砕け散った理性のかけらのおかげだろう。かけら。揺るぎない、絶対のものだと信じていたのに、今やこんなに小さくなって。


この後わからせをされる。





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