宿

勇者 5 | ナノ
ふかふかベッドに釣られて魔王に着いて行った勇者。
あまりに遠いのでまさかこいつ騙しているのかと勘繰ったものの、まあいざとなれば後ろから奇襲でもかけて吹っ飛ばせばいい話だろう。うん。などと楽観的に考える。
しばらくすると宿らしきものが見えてきた。かなり立派なものだ。

実は魔王は金持ちだった…?

風に揺れるローブを見ながら思う。確かにいつも着ているこいつのコートやらなんやらは上質なものだ。出回っている麻布とは違う、たまに見かける絹のようなそれだ。赤毛だって手入れされているのか貴族か王族のように柔らかそうだし。

魔王よりも金がない勇者とは…いや、魔王は一応曲がりなりにも王ではあるわけだし税とか取ったりしているのか?

「着いたぞ勇者。」

立派な宿…の、隣の宿。街で見かける宿とは違い木製で吹けば飛びそうな真っ赤なトタン板が特徴だ。

「ここの主人はなかなか気前が良くてな、金さえ払うというならば何も追求しない。例えオマエが見るからに怪しげな男と共にいようとも言いふらすことはしないであろう。」
「……ワケあり宿、ってことか…」
「ああ。だが寝具は一級品であった。勇者よ、ここの主人やその他の客には何も聞かず何も言わず言いふらさず、というのがここの約束だか決まりだからしくてな。勇者も例外ではないぞ」
「…分かってるよ、そこまでお堅い正義は掲げてないんでね。」

そもそも、正義はあまり持ち合わせていない。

こつりと靴が音を立てる。古そうな外見に反して床は軋む音を立てない。
するりと魔王と共に受け付けを通り過ぎて階段を上る。

茶色の扉が並んだ廊下。一番奥を魔王は開き、中から「おかえりー」と少し高めの声がした。

「エマリア、客だ」
「え?あら!勇者ちゃんじゃない!どうしたの?また宿借りれなかったの?」
「え、ええ…1日、お邪魔します」

ふわふわとした緑色の髪に赤い一つ目。前髪を赤いヘアバンドで後に流している彼女はにこりと微笑んだ。
魔王の部下、だろうか。家族のようなものなのかもしれない。
また、ということはやはりどこかで見ているのだろう。

彼女の緑色の尾がペシリと魔王を叩く。来るなら言ってくれればいいのに、とぼやいている彼女に魔王はバツの悪そうな顔をしている。

…あんな顔も、出来るのか。

そう考えるもののまあ当たり前だろう、いくら魔族を束ねる王とはいえ同じように生きているのだから。嘲るような愉悦を含んだ笑みは魔王の一面で、あの親愛の篭った眼差しも魔王の一面なのだろう。

「勇者ちゃん、もうお夕飯は食べたのかしら。もし食べてないようなら…」
「エマリア。」
「あ…そうよね、ごめんなさい勇者ちゃん。」

流石に魔族の手料理は無理よね、と続けられた言葉に、反射的に食いつくように返答した。

「いえ、いただきます。」

ぷふ、と端正な顔を歪めて堪えきれないといったように吹き出した魔王。分かっていたのだろう、反対に彼女は困惑顔だ。

「でも勇者ちゃん、わたしたちとは体の作りが違うわ。食べるものはほとんど同じでも口に合うかどうか…」
「いいえ、大丈夫ですよ。なんでも食べられますから。」

そういって笑えば、それなら、と彼女はとてとてと料理を作りに行った。
未だにやにやとしている魔王の足を踵で踏みつけぐりぐりと捻る。

「何のつもりだ?」
「何がだ?」
「…私が断らないのは知っていただろう、それなのになぜ彼女に声をかけた?」
「決まってるだろう?」

赤い瞳孔がきゅうっと締まる。

「その方が面白くなるからだ」

私の踵が魔王の足を踏み抜いた。魔王は蹲った。

こんなのが魔王で本当に魔界は大丈夫なのか?

愉快な鼻歌と共にトントンと切る音が聞こえる。ああ、楽しみだ。
−−−
目次
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -