勇者 4 | ナノ
ヘハブリアを去った勇者はまた歩く。
何事も無かったかのように、ただ転んでしまっただけのように鎧を修復し、飛んでくる小石や拳ほどの石など気にもせずに「元気そうで、よかった。」そう言ってほんの少し微笑み勇者は歩いていった。
少し、疲れた。この配色があそこでは忌み子の色だとは知っていたがまさかああまでとは。近くに街がある、確かラヴィ・ヴァッカーだったか。亜人も人間も関係なく闊歩する街だ、勇者でも受け入れてはくれるだろう。歓迎は受けずとも、他よりはいいはずだ。久しぶりに柔らかいベッドで眠りたい。
茜色に染まる大地、爛々と輝く丸い月が顔を出す。
「…今日は、月が大きい…なにか…起きるか…?」
ザァ、と風が吹き草花を揺らす。髪と同色の色に変わりつつある空を見て少し急ごうとクロは駆け出した。
見えてきた街に少し笑みを浮かべて、まだ見ぬふかふかベッドを想像し、にんまりとクロは笑った。
「…まん、しつ…?」
「ええ、申し訳ありませんね、勇者さま」
「ああ…いえ、お気になさらずに。」
宿屋はほぼすべて満室、そうでないところは金額が高すぎて手も出せない、というかクロはほぼ金を持っていない。たまにギルドで頼み込みなんとか仕事を譲ってもらい、それで稼いでいる状態だ。
クロ、というか勇者は大体野宿ゆえに金を必要とせず、自然を味方につけた高いサバイバル技術にて生き延びている。
後ろから聞こえてきた会話、「ええ、数部屋空いておりますよ!」「ならお願いします」「ありがとうございます、冒険者様!是非今後ともご贔屓に!」この世の中は勇者に対して世知辛い。
また野宿か、と肩を落とし街を出ようとくるりと後ろを向くとそこには背の高い、まるで人形のような端正な顔付きをした男。
真紅の髪に上質なローブ、擬態しているのか耳は亜人のもので角すらない上に瞳に赤い亀裂も無いが、渦巻く濃密な魔力は間違えようがない。
「ま、…!!」
魔王、と叫びそうになり咄嗟にしまい込む。ここに勇者が居て、魔王がいてなぜ殺さず親しげに、となるとただでさえ"勇者"の評価は地の底なのに更に低くなる、埋まってしまう。
「ふん、勇者ともあろう者が、泊まる宿にすら困るか。とんだ貧乏勇者だな。先代の勇者はもう少しマシ…いやそうでもないか。」
「半殺すぞてめぇ」
チャキ、と腰の聖剣に手を掛ける。すると何がおかしいのか魔王はにやりと笑い大げさに肩をくすめてみせた。
「ハン!血の気の多い野蛮人め!っおぅ?!待て待てそれはまずいぞ落ち着こう、ここは一時休戦といこうではないか。今来てるのはエマリアだ。一部屋に三台ベッドがあってな、ひとつ余っているのだ。どうだ、ベッドを貸してやる。それで手を打つのはどうだ?」
手に魔力と聖気を集めると露骨に慌てだしぺらぺらと早口に言い出した。
こいつの家臣のエマリア。彼女は聖霊が変異しはぐれたものらしい。魔王軍の常識人(人?)とも言える存在だ。真っ赤な一つ目にたてがみのような緑色の髪。尖った魔族の耳に緑か紫色の尾。気温によって色が変わるのだとか。
「ふかふかベッドだぞ。ああ、料金の請求はしない。あそこは前払い式だか」
「今回だけだからな」
ふかふかベッド。その言葉にはなんびとたりとも逆らえないであろう。
クロは食い気味に返事を返しあっさりと聖剣から手を離した。
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