勇者

勇者 2 | ナノ
「…んむ、」

紺色の髪を揺らして木に凭れかかるようにして眠っていたクロは目を開く。

くあ、と大きく息を吸い吐き出し、うんと伸びをした。
凝り固まった体はバキバキと音を立て、またクロは欠伸をする。

懐かしい夢を見たものだ、とクロは頭にサークレットを付けながらぼんやりと思う。
聖剣を背負い、パチン、パチンと胸甲を付け聖剣を固定する。皮の手袋を嵌めてぐっと拳を作る。

この勇者はタセットやその他装備は宿以外では外さないため、準備自体はこれで完成である。


きらりと木漏れ日が勇者の紺色の髪をすかす。眩しく、思わず手を目にかざす。

ふ、と視界が暗くなり獣臭さが漂うが勇者は動じず腕を横に伸ばす。するとそこに優に5メートルはあるだろうかというほどの巨大な緑色の鳥が枝をくわえ勇者の腕に降り立った。

「いつもありがとうな、ほら。」

枝を受け取り、勇者はそこに実っているオレンジ色の果実を3つもぎ、そのうち2つを巨大な鳥に近付けた。
鋭い嘴が果実を瞬く間に啄む。

ケーン、と鳥は満足そうに鳴き、何度か羽搏き、鮮やかな緑の羽を散らし飛び去って行った。

勇者はひとつの果実をパキ、と半分に割り、オレンジ色の果実にかぶりついた。

うん、美味しい。

聴色の瞳を細め、甘酸っぱい果実を食う。すべて腹に収めるとふう、と息を吐きふらりと歩き出した。


魔族の境界まで行き、はみ出している者がいないか見回るのが勇者の務めである。
魔力がたまりすぎるとそこに魔物が発生する、それを撃退するのも仕事である。

ザクザクと草を掻き分け進む。
緑色の草が段々と赤く染まってきている。魔力が高い証拠だ、少し息苦しい。


真っ赤に輝く草。境界線のようにくっきりと分かれている。
向こう側には一つ目巨人やらゴブリンだのが彷徨いてはいるが、こちらに迷惑そうな目を向けるだけで入ろうとはしない。
赤い草に沿って歩く。薄ら寒いここはあまりいい気配はしない。


特に何も問題なしに見回りは終わり、北の町に向かって歩く。

「ヘハブリア、だったか…」

赤い髪に赤い瞳が特徴の人種が集う町。
勇者を続けて3年、地理には詳しくなったし交渉も上手くやれるようになった。

けもの道とも言えない道をひたすら真っ直ぐに歩き、時折魔力溜まりを振り払う。

風に乗って勇者に聞こえてきたざわつき、と言うよりは騒ぎ声のような声。焦り、恐怖、怒号。そして黒々とした膨大な魔力。それを確認して勇者は聖剣を引き抜き駆け出す。魔力がどうとか言っている暇はない、足に強化を掛けて走る。

滑るように景色が流れ木製の街並みが見えてくる。鮮やかな赤色の女性が赤子を抱えて走っているのを勇者は目に止め、ズザっと足を止めた。

「すみません、状況説明を!」

勇者が話しかければ女性はびくりと震え、手にした聖剣を見ると安心したように息を吐き勇者へと伝えた。

「っ!あ、ああ!勇者様!よかった、助けてくださいませ、町に悪魔が!」
「悪魔…?いえ、すぐに向かいます!どうかご無事で!」

悪魔、というのは境界より出てこないはずなのだが、と勇者は考える。

元より悪魔は邪気がなければ生きられず、邪気の溢れる魔族の境界が絶好の住処なのだ。勇者の、聖剣の力の及ぶヒトの住処に来るはずがない。
来るとすれば多少力のある魔物か、暴走したインキュバス、もしくはサキュバスあたりなのだ。その辺ならば懲らしめるか落ち着かせて、魔族の境界まで勇者の怪力にものを言わせて放り投げる。
もし殺せば膨大な魔力を溢れさせ、魔物を大量に発生させることになる。

邪なる気を聖なる気に変換させつつ練り歩き、怪我人には治療魔法をかけて治療し、完成されつつある魔力溜まりを蹴散らし最も力の強い場所にたどり着いた。

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