金色の声を引き抜いた

勇者 1 | ナノ
「おめでとう、クロ。今日からお前が…いや。あなたが『Roawayt』ですよ。」

丘に突き刺さっていた剣を引き抜き村まで持っていくと長老が驚いたような顔をしてから、いつもみたいに優しく笑ってくれた。
嬉しくてぎゅっと茶色に汚れている剣を抱きしめてにっこりと笑う。

「レメーナ。さあ、この子に祝福を。」

不安そうな、悲しそうな顔をしたお母さんが近付いてくる。
お母さんは偉い魔法使いさんで、村で一番偉い聖女だ。私も魔法は得意。特に攻撃魔法。

「……我が愛しい子。愛しい子。…おめでとうございます。あなたは見事先代勇者であるノーレス・ゼバンダに認められ、八代目勇者としての資格を手に入れました。…旅立ちの許可を与えます。その力で世界を光へと導きなさい。」

そう言ってお母さんは私の頬に口を付けて、耳元でぽそりと「元気で。クロのことはずっと覚えているわ」と言ってくれた。
なんだかくすぐったくて、嬉しくてお母さんに抱きつこうとしたけどその前にお母さんはどこかへ行っちゃった。

「……………、」

村の人たちは口々におめでとう、おめでとうって言ってくれるけど私は嬉しくない。

確かに夕暮れの丘にある剣を引き抜き、世界を救うことはとても名誉なことだって言うのはちいさな私でもわかる。

でも、お母さんはおめでとうって言ってくれなかった。

聖人レメーナとしての建前を述べただけ。
だって私の目を一度も見なかった。お母さんは必ず人と話す時は目を見なさいって言うもん。そのお母さんが私の目を見なかった。嘘をつく時とか、ごまかす時とか。お母さんは私の方を、私のことを見ない。

「ノーレス・クロ。さあ家に帰り今日はもう休みなさい。旅の準備はこちらで整えておくから」
「…はい。長老」

もやもやして落ち着かないまま、家へ帰る。
仲が良かった友達はみんな私を避ける。
話しかけようとしても勇者さまとお話するなんて、って言ってどこかへ行っちゃう。

勇者って寂しい。

でも仲間は欲しくない。自分で出来る。もし仲間がいて、魔法使いとかだったら弱いし詠唱があるから隙が多い。だからその分魔法使いを守るように立ち回って、かつ敵を倒していかないといけない。そんな器用な事は私にはできない。

だから、寂しいけど、いらない。

「…ただいま、お母さ…」

青色の髪の、男がいた。
一つに括った髪。
鋭い目つき、長い手足。
端正な顔つき。
泣き崩れるお母さんの前に仁王立ちしている、男が。私の、父が。

「……ルベン…いたの。」
「お父さん、だろうが。」

相変わらずの低い声。

「お母さんに何したの…今更帰ってきて、」
「お前、Roawaytとして認められたんだってな。」
「だから何」

話を聞かずに、遮るようにそう言われてムッとして答える。
無機質な紫色の目。己の子供ある私をうつしてなんていない。

「レメーナから聞いた。体術も魔法もなかなか優秀らしいな。一人でも行けるだろう。…だかな、クロ。これだけは覚えておけ。」

つ、と冷たいものが背筋に走る。

「終わったあとのことを考えろ。力あるものはどうなる?平和の中に不要な力のあるものはどうなるか、よーく考えるんだ」

そう言ってギシギシと床を鳴らして近付いてくる父親。

「…そう怖がるな。なにもしない。」

ビク、と固まった私の頭にぽんと手を置き、父は家から去っていった。
家に残ったのは聖剣を抱えて腰が抜けた私と、しゃくり上げて泣く母のみ。

私は、何もできなかった。父の雰囲気に気圧され腰を抜かし、母に駆け寄ることすらもできなかった。

ぐにゃりと視界が歪む。鼻の奥がツンとして、茶色い床にシミを作る。
ぐらぐらと揺れて、気がつけば私はいつもの布団で眠っていた。
少し息苦しい圧迫感とほんのり甘い匂い。
もぞもぞと動いて顔を上げると目元の赤い母が私をしっかりと抱きしめていた。

きっと、私は大きな怪我をするか、魔が攻めてきてそれを撃退する以外には帰れなくなるだろう。最後、最後くらい。

腕を回して母に抱きつく。細く小柄な母は私と同じ程度で、こうするとあまりにも脆くていつか消えてしまいそうでボロボロと涙があふれる。強く抱きしめて欲しくて母にしがみつく。声はあげない、眠る母を起こしたくはない。

また私は眠ってしまっていたようで、目を覚ませば母はいなかった。壁を隔てた向こうからいつものスープの匂いが漂ってくる。これも、食べられなくなるんだろうか。私が作ったスープと、母の作ったスープは全然違う。同じように作っているのに、何かが足りないんだ。

「おはよう、クロ。ご飯出来てるわよ」
「…うん。」

木彫りの皿で湯気を立てる白く濁った塩のスープ。
鳥の骨を煮込んで作るこれはとても美味しい。クロノリアだけで作られてるから旅行に行った時には無くてがっかりしたことがある。

スプーンを持ってスープを飲み込む。暖かくて、塩が効いていて、いつも食べているのに勿体なくって進まない。

「クロ、本当に行くの?」

主語のない言葉。ずっしりと重くのしかかってくる。スプーンを持つ腕が重い。
けれど私がやらなきゃ誰がやる?

「うん。」
「本当の、本当に?」
「…やるよ、私。ちゃんと無事に帰ってくる」

母の金色の瞳が私を見る。寂しさが滲む瞳は見ていられなくて、すっとスープに視線を落とす。

「絶対に生きて帰ってきて。」
「わかった。」

木の皿を持ち上げてぐいっとすべて飲み干す。いつものスープは、少しだけしょっぱかった。

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