Innocent gypsy
*付き合っている嶺レン。嶺ちゃん優位。
好きで、好きで、好きで、呼吸さえもままならない。脳が酸素を欲しがるための信号よりも、この人を好きだと思う信号の方が強烈なのだろうと思う。
どうしてこの人とこういう関係になったのかは、自分でもいまいちよくわからない。最初は嫌われているのかと思っていた。系統は違うが、アイドルとしてはキザなキャラクターを売っているもの同士、何となく距離を置いていたようなところもあった。一度共演をしたきっかけで話をしてみれば、何故か「レンレンのこと、気に入っちゃったよ」とか言われて、自分で言うのもなんだが『本気で』堕としにかかられた。素でキザな科白の応酬。軽口で返していることができたのは最初だけで、途中からはもう赤面することしかできなくなった。こんなことを言うのも何だが、キザキャラとしての敗北である。そして、敗北に気がついた時には、彼のことをどうしようもないくらい好きになっていた。
俺よりも低いところから、熱をもって見上げてくる目。この人は誰にも縛られない。周りに最大限気をつかいながらも、そのなかで限りなく自由に自分を出すことができる人。俺にはできないことをできる人。好きで、好きで、好きで、呼吸などできなくなる。
「んっ……ちょ、ブッキー……ダメだよ」
「残念。ダメとか言っても、レンレンに拒否権はないけど?」
そう言ってにっこり笑う。ついでに、「ブッキー」と呼んだことを咎められる。「嶺二」と呼んでほしいという彼の願いには何となく気がひけて、結局2人きりの時には「嶺二さん」と呼んでいる。「それはそれで、何かイヤラシイ感じがしていい!」なんて言う、この人のそんなところも好きだとか思ってしまう自分は、もう完全にこの人のペースにはまっているのだと思う。
体中にキスされて、器用に指の先でくすぐられて、この人はどうしてこういう時だけこれほど妖艶になれるのだろう。声も、仕草も、何もかもが、俺をおかしくさせる。
「欲しい?」
散々弄られて、慣らされて、でもこの人は欲しいものをくれない。
「っ……ほんと、性格悪い、よ」
「レンレンみたいに、普段澄ましてる子をさ、素直にさせるのってすごく楽しくて、つい」
「欲しい、から……早くして」
精一杯強がってそう言えば、この人は満足そうに笑う。後はもう、済し崩しに、それこそ夢中に。彼はいつもこうやって、言葉で俺を簡単に翻弄する。言葉で人を操ることに、自分は長けていると思っていたのに、どうしてこの人には勝てないのだろうか。きっと俺はどう頑張っても、この人を縛れないのに、この人は容易く俺を操ることができる。この人は、自由だから。
「……ブッキーは、自由な人だね」
情事の気怠さがまだ残る体で、俺はベッドから体を起こして、脇に座る彼を見ながら言った。言ってから、また大勢の前でのあだ名で呼んでしまったことに気がついたが、訂正することも謝罪することも気怠くて、そのままにしてしまった。それでも、思いがけず漏らしてしまった言葉に、彼はこちらに顔を向けた。これは本音というよりは、自分でも予想外に発してしまったことなのだから、そんなに問い詰めるような顔をしないでほしい、と思った。
「どうしたの。急に」
実際は自分でもよくわからないのだ。それでも感じた、「この人は自由だ」と。他からは強制を受けない強さを持っている。俺はこんなにも多くのものに翻弄されて生きてきて、今でもしがらみから抜け出せずにいるのに。
「いや……ごめん。何でもない」
ねぇ、俺の存在って、この人にとって何なんだろうね。酷く不安になるのも事実。この人が強すぎるぶん、俺のどうしようもなさが浮き彫りになる気がする。そんな俺は、その自由さに憧れと恐れを抱く。恐怖と憧憬は紙一重だと、切に感じた。
「気になるから、言って」
「……だから、嶺二さんは強くて自由だって、思っただけだよ」
少し突っ撥ねた言い方をしてしまった。これも俺の弱さなのかもしれない。
「……自由が、強さね。レンレンは、そう思うの?」
「……うーん。嶺二さんは、自由だから。一人でもたくましく、上手に生きていけそうだしね」
実際そうなんだろう。この人はきっと、俺なしで生きていける。俺は誰かが居ないと何もかも駄目になってしまうのに。今でも誰かに認めてほしくて、欲しがってもらいたくて、必死になっているっていうのに。俺が弱いが為に、この人を縛りつけてしまう可能性が少しでもあることに、堪えられないと思った。
「……それは、嶺ちゃん少し心外」
心外だ、と確かにそう言った彼は、いつものキラキラとした笑みを浮かべて、俺の上に跨がってきた。
「何してるの」
「んー、お仕置」
「……は?」
先程の行為によって、まだ汗ばんで湿っている俺の髪に指を這わせる彼は、言葉だけでは飽きたらず、行動でも俺の上をいってしまうらしい。
「確かに僕は人に縛られるの嫌いだけどさ、一人で生きていけるほど神経太くもないと思うんだよね。……レンレンを不安にさせたなら謝るけど。ごめんね?」
言葉に続いて口を塞がれる。俺の全てを奪うようなキスからは、はっきり言って俺に謝ろうとする気持ちは全然伝わらない。どうしたって俺は、この人には勝てないのだ。何度だって、そう思う。
「……そう思うなら、そういう強引なところ、少しは直してほしいんだけど」
突然のキスにしっかり翻弄されてしまった俺は、出来うる限りの憎まれ口を叩くしかない。それなのに、
「でもレンレンは、そんな嶺二さんが好きでしょ?」
って、そんなこと、こんな顔が近すぎるこの体勢で言うなんて、本当に卑怯だ。何故って、結局頷くしか方法がないからだ。そんな、自由で強引なこの人が好きなのだから。
(ジプシーのようなあなたと自由に愛し合ったら、)
(俺もいつか自由になれるのかな)
* * *
初めての嶺レンでした。本当はちゃんと馴れ初め話を書きたかったのですが、気がついたらこんな話に。嶺ちゃんに翻弄されるレンが書きたかっただけです。
付き合っているのに「ブッキー」呼びはなんかしっくりこないと思い、「嶺ちゃん」でいいかと思ったけれど音也とかぶるなと思い、たどり着いたのが「嶺二さん」でした。自分的には大ヒットです。
20140115
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