初恋、始めました。2


*学パロです。レン♀です。色々大丈夫な方はどうぞ。










「今日はどうもありがとう、さよなら」

この言葉を1つ残して、左ハンドルの高級であることだけを見せつけるための趣味の悪い車から降りる。「さよなら」は別れの言葉だ。次はない。そういう意味で、自分で言うにはすごく都合のいい言葉だけど、言われるのはどうにも嫌いな言葉でもある。わがまま、と自分自身で思うが、きっと人間なんてみんなそんなもので、自分がされてイヤなことでも平気で他人にすることができる。だってみんな自分が好きなんだもの。
私に群がる男は腐るほどいるけれど、彼らが好きなのは私じゃなくて自分なんだと思う。大好きな自分の隣にいるのはそれなりの美人であってほしいという思いから、私に近づいてくるだけ。私の男遊びを知る人たちは心ない言葉で私を批判しているけど、自分のことしか考えていないという点では、みんな、みーんな同じなのに、なんて思う。
そう、ただ1人の寂しさを紛らわせるために彼らを利用する私も、同じようなもの。ただ、自分のことが嫌いという一点を除いては。

マンションの階段を上がりきって、今日はあいつがいないことに少し安堵する自分に気付く。ホッとする理由は、私が派手な車から降りてくるところを見ると、あいつは何だか悲しそうな怒ったような複雑な顔をするから。人のそういう顔は好きじゃない。どうしても実家のことを思い出すから。
あの子というのは、私の部屋の隣に住んでいる来栖翔という年下の男の子のことだ。「男の子」なんて言い方をすると彼は火がついたように怒るのだけど、私にとっては本当にそうとしか思えないのだから仕方がない。2つ年下の彼は、はっきり言って始めて会った時はもっと年下に思えた。何が悪いって、身長が低いのがいけない。聞いても教えてくれないから詳しくは知らないが、160あるかないかくらいではないかと踏んでいる。私の身長は170に届くか届かないかというところなので、「男の子」とか「ぼく」とか呼んだって怒られる筋合いはないと思っている。百歩譲っても「オチビちゃん」だ。
早乙女学園の中学部に所属する彼は、何故か私の世話を焼いてくれる。年下に世話を焼かれるというのも変な話だが、彼の母親が作ったごはんを届けてくれるのは正直すごくありがたい。しばらく接してみてわかったことは、彼は根っからのおせっかい体質なんだということ。その様子が微笑ましいというか、何だか可愛らしいので、彼のことは割と気に入っている。



部屋に入って、どうしようもない静寂を紛らわせるためにテレビを点ける。「今夜から明日の朝にかけては荒れた天気、暴風と雷雨に注意」なんていう声が聞こえてきて、憂鬱な気分になる。幼い頃から夜が嫌いだった。暗闇の中にぼんやりと浮かぶシーツの白い色。寂しさがあふれ出してきても誰にも助けを求められない自分。子どもみたいだ、馬鹿みたいだと思うけれど、未だにその恐怖を拭えない。雨の降る夜なんてもっと最悪だ。ただでさえ眠れないのに、雨や風の音がしつこく耳に飛び込んできて、何事かを責められているようなそんな気分になる。
ふと、テーブルに置いた携帯電話のライトが点滅していることに気がつく。一度しかあったことのない男からの「今晩会える?」という下心を隠そうともしない下品なメールにすら、助かったとホッとしてしまうくらいには、私は1人の夜を恐れている。「迎えに来て」と女子高生が出歩くには遅い時間を指定する。こんな、私のことなんて何もわかってくれていない男との約束で安心する自分がむなしくなることも、最近ではなくなっていた。ちょうどその時、玄関のチャイムが小気味よく3回鳴らされる。急かすようでいて、何だかちょこちょこして可愛らしいとも思ってしまう、この音の発信源は先ほど考えていたあのオチビちゃんだ。

「はい」
「めしー」
「んー」

極めて簡素な、余計な修辞を削ぎ落とした挨拶を私ができる人間は数少ない。玄関先に出てロックを外す。「ほい」と手渡されたのはどうやらカレーらしい。鍋に入ったルーではなく、しっかり皿に米とルーが準備された状態でもってくるあたり、彼は私の性格をよく理解している。この前、偶然ドアの前で彼の双子の弟と会ったとき、こうやって几帳面に料理を盛りつけて、ラップをかけてという準備をしているのはオチビちゃん本人なのだということを知った。高等部に入学すると、もしかしたら割とモテるタイプかもしれない。身長が今より10センチほど伸びれば、の話だけど。

「今日はこの後出かけるから、食器は明日返すね」
「あー……そっか。うん。……りょーかい」

彼の顔が翳るのは、やっぱり苦手だ。私のやっていることが他人に受け入れられるわけはないことはわかっている。それでも、一人の夜の寂しさには抗えない自分。
人に認められたくて、努力することには疲れた。それに、助けてほしくてジタバタして、本当に縋りたかった、本当に愛されたかった人はもうこの世にはいない。名前と顔しか知らないような男たちに囁かれる「好きだよ」という言葉しか、愛の形を私は知らない。みんなが生まれたときから当たり前のように一身に受けてきた愛情というものの一切が私には欠落しているのだ。その欠落を埋める術を、私は刹那的なものでしか持ち得ない。

「雨降るらしいから、気を付けていけよ」
「……うん」

こんな時でもオチビちゃんは最後まで、年下のくせにお兄ちゃんぶって私の世話を焼く。本当にいい子で、たまにどうしていいかわからなくなる。

「じゃあ、恋、またな」

私に背を向けて出て行く小さな背中を見ながら、ふと思う。彼はいつでも私に「またな」と言う。それは別れの言葉ではなく、再会を誓う言葉だ。そんな小さなことに気がついて嬉しくなる。思えば、こうやって私の心に小さな春を吹き込んでくれるのはいつだってオチビちゃんだ。今度は私もオチビちゃんに「さよなら」ではなく「またね」を言ってみよう。ずるくて都合の良い「さよなら」が好きな私も、彼になら「またね」を言ってもいいと思えた。



(オチビちゃん、またね)
(次もごはん、よろしく!)



* * *

まったく恋愛対象として見られていない可哀想な翔ちゃんです。でも恋ちゃんにとって特別であることは間違いない。頑張れ翔ちゃん。
まだ続く……と、思います。多分。恐らく。
20130827

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