幸せだよ
*龍レンの幸せな話。割とご都合主義な感じなので、広い心でご覧ください。
ST☆RISHの楽屋は、いつも活気があって賑やかだ。「おもちゃ箱を勢いよくひっくり返した感じ」といつかイッキがインタビューで答えていたけれど、言い得て妙だと感心した。楽屋や移動から元気でいないと、その日の収録やロケだっていいものになんかならない!……なんて、そう言い出したのはイッキだったかオチビちゃんだったか。楽屋やロケバスでは静かに次に備えるべきです、というイッチーの反論はあっという間にかき消された……はずなのに。
今日のST☆RISHの楽屋は、ちょっと。いや、かなり?暗いというか、ピリピリしているというか。原因は明らかに……暴漢でも乱入してきたのかという部屋の荒れ具合から、ボスが突然やってきたせいだということが推測できる。(相変わらずクレイジーな人だ)
「ねえ、俺が来る前にいったい何があったわけ?」
嵐が過ぎ去った後のショックからなのか、俺と目を合わせようとしない仲間たちの中で、唯一俺のことを気にする素振りを見せたオチビちゃんに訪ねることにした。オチビちゃんは一瞬逡巡したが、意を決したように俺に耳打ちをせんと精一杯背伸びをした。
「お前さ、昨日の夜、日向先生といっしょにいた?」
卒業してから幾分か時間が経ったが、「先生」と呼ぶ癖は未だに抜けきらないらしい。
「いたけど……」
確かに昨日は寝付けなかったから、事務所で仕事をしているリューヤさんに会いにいった。それがこんな騒動の引き金になっていただなんて、俺は露とも予想をしていなかったわけであるが。
「社長にバレたみたいだ……お前と日向先生のこと」
それを聞いて、サッと顔から血の気が引いたのは、もちろん俺に疚しいところがあるからで。そう、俺はシャイニング事務所の大先輩兼元担任教師の日向龍也と付き合っている。メンバーの中には成り行きでそれを知っている奴も何人かいる。(一番仲の良いオチビちゃんは知っているし、イッチーあたりも気がついているような気がする)いるけれども……ボスにバレてしまったのは、はっきり言って不味い。
ボスは破天荒な人だし、男同士の恋愛に対しては案外寛大だったりするかもしれない。でも、俺たちはアイドルだ。恋愛絶対禁止の原則は事務所の所属になったって変わらない。社長として許せない領域に、俺たちが入り込んでいることは明白。
(じゃあ、どうすればいい?)
そんな風に悶々と考えこんでいた俺を現実に引き戻したのは、いったいどこから飛んできたものやら、手紙の括り付けられた古風な弓矢。はっきり言って、今の俺にはツッコミを入れる心の余裕なんて残されていない。
『収録が終わったら、ミーの部屋にすぐ来ること。』
どんなに怒っていても、収録に穴を空けさせないのがボスらしい。こんな落ち着かない状態で収録をしなければならないことが、すでに始まっている俺への罰の一種なのかもしれない。
そんなわけで、今、俺とリューヤさんはボスの部屋で2人並んで正座をしているのである。俺は、あの後すぐに電話をして事の次第を話してから、何一つ言葉らしい言葉を発しないリューヤさんばかりが気になった。そして同時に不安になった。どうして何も言ってくれないのだろう。もしかして、バレたから俺と別れようと思っているのだろうか。彼の不利になることはしたくなかった。でも、彼にとって自分はその程度の存在だったのだろうかというおぞましい考えばかりが頭に浮かんで、掌にかいた汗をそっと拭った。恐らくボスに見られてしまったのであろう昨日のキスを、鮮明に思い出していた。(それは泣きたくなるほど苦くて愛しい、ブラックコーヒーの味)
最初に口を開いたのはボスだった。
「お前たちがどういう気持ちで付き合っているかは、わからん。でも、今すぐに別れてもらう」
そう言ったボスの顔は、厳しい社長としての顔。どういう気持ちで、なんて、俺はもちろんいい加減に付き合っているつもりなんて毛頭ない。好きだから。愛しているから。孤独な俺を、不器用だけど優しく縁取ってくれる人だから。だから付き合っている。
(でも、リューヤさんは?)
俺は横を向いて彼の顔を見た。何を考えているのかは微塵もわからなかった。何分続いたのかもわからないほどの沈黙、もしかしたら何秒かという短い時間だったのかもしれない。沈静な空気を押し破ったのは、俺の恋人だった。
「好きだから、付き合ってる。幸せにしてやりたいと、思ってる。別れるつもりはありません」
一つ一つ、はっきりと淀みなくそう告げた彼は、一体この何秒かの間にどれだけのものを失う覚悟をしたのだろう。途端に30センチほど離れている彼の温度を感じた。部屋の中が明るく見えた。ただ、安心した。
「……それが聞ければ、もういい」
ボスは立ち上がり、ドアに向かった。今まで見たことのない穏やかな笑みを浮かべていた。そのまましばらく、俺たちはそこに2人で座ったままでいた。先に我にかえったのは、俺の方。
「リューヤさん………あれ、本当にボスだった?」
馬鹿みたいなことを聞いてしまったのは、あの人が恋愛沙汰をここまであっさりと許すことが信じられなかった故である。別れるつもりがないのなら芸能界からは追放。そう来るだろうと構えていたし、実際にそうやって事務所をやめさせられた人の話も聞いてきた。
「気付いてたんだよ、あの人は。俺たちのことなんて、とうの昔にな。本当……かなわねえな」
ああ、そういうことか。ボスの考えていることはいつだって意味がわからないから、今回のことも考えるだけ無駄なのかもしれない。そして、どういうわけか彼だけがボスの思考をいつでも一番よく理解している。(ほんと、有能な右腕だと思うよ。少し嫉妬するくらいだ)
「それにしてもさっきは、お父さんに、娘さんを僕に下さいって言うみたいな心境だったな」
「何……それ」
「幸せにするからな、本気で」
強い口調で、彼は先程と同じ言葉を口にした。これ……プロポーズなのかな、なんて、本当に『娘さん』になった気分で。じゃあボスはお父さんか、それは何かイヤだな、なんて思ってみたり。ただただ、笑みが零れてきて、今でも十分幸せなのにな、なんて考えた。
あのね、リューヤさん。本当、吃驚したけど。でも、嬉しかったんだよ?
(俺は、幸せな人間だね)
* * *
唐突に神宮寺を思いっきり幸せにしたい衝動に襲われたので、私らしくもない話を書いてみました。ご都合主義感があるのはお許しください。細かいところを書いていくととてもとても書き切れなさそうだったので。
一応補足すると、シャイニーは恋愛によってすべてがプラスに向いていくなら、許してくれるんじゃないかなあと思うんですよね。このエピソードの前にリューヤさんだけシャイニーを説得してますね、私の頭の中では。じゃないとこんなにあっさりボスが許してくれるわけがないww
まあ、たまにはこんな話もいいかなあということで、割と気に入ってます。
20130731
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