去りゆく時間をおそれるな


*林檎先生と小傍唯ちゃんのシリアスっぽい話。+か×か曖昧なのでご注意ください。










男の娘アイドル。今でこそ、その知名度は上がってきてはいるものの、私が駆け出しの頃はまだ世間の目も冷たかった。辛いことなんて、もう詳しくは思い出せないくらいに山のようにあった。新人の頃は、現場でも私の存在に戸惑われて、針のむしろに座っているんじゃないかってくらい居心地の悪い毎日だったし。男の娘としての私が少し認められてきたかと思えば、その次は女性アイドルからのねちねちとした嫌がらせが始まったりとか。カミソリレターだってもらったことがある。こんなベタで古典的な方法、本当にやる人がいたのかって、その時ばかりは辛さよりも笑いが先に立ったことはよく覚えている。でもまあ、星の数ほどあった嫌なこともほとんど忘れられるくらいには、今はこの立場に充実感を感じている。だからこの子のことも、支えてあげたいと思った。

「唯ちゃん!おつかれさまっ!」
「……月宮先生、俺は来栖です」
「あら、ノリの悪いこと」

小傍唯ちゃん。今、人気が右肩上がりの美少女モデル。その正体が、女装をしている来栖翔だということは早乙女学園の一部の人間しか知らない。もちろん、現場スタッフだって、小傍唯のことをちょっと寡黙でミステリアスな美少女だと思っている。
今日は、隣のスタジオで唯ちゃんが撮影をしていると聞いたから、楽屋まで訪ねに来たというわけ。今、隣に小傍唯がいるらしいって噂になるくらいだから、彼女の影響力は業界の中でもすごいことになってきていることがわかる。
撮影の直後でメイクはまだばっちりの唯ちゃんは、黙っていれば誰がどう見ても可愛らしい女の子にしか見えない。さすがに長時間の撮影が終わった直後の今は、仕草や纏う雰囲気が男の子のそれになってはいるけれど。(きっと、撮影の最中には細心の注意をはらって振る舞っているんでしょうね)私くらいになってくると仕草とかオーラまで、何も考えなくても女の子のものになってしまうけど、この子にそれを望むのはあまりにも酷なこと。

「ずいぶん疲れてる。……当たり?」
「まあ……それなり、には」

あら、めずらしい。素直に驚いてしまう。それは、この子が弱音を吐く場面を私は見たことがないからってことと、担任の龍也からもこの子のメンタルの強さはお墨付きが出ていたことの2つが合わさっての驚きだった。この子は強い、どこがって心が。自分の信念を曲げない強さ、決めたことにひたむきに走り続ける強さ、数え切れない強さをこの子はもっている。今回の仕事だってそう、一度やると決めたことなんだから、全力でやる。自分でできることをすべて出す。そんな姿勢で頑張っていたから、弱音とも呼べないような言葉ではあるけど、少し気になる。

「後悔してるのかしら?……こうなってしまったこと」

この子じゃなかったら、こんなに直球には聞けない。でも、こんな言葉に迷わず答えてくれる子だから、だから私は言葉を無意味に包むことはしない。

「後悔はしてません。やるからには全力でやらないと、色んな人たちに失礼だと思うから。ただ、」
「……ただ?」

一度途切れたその言葉の続きをうながしてやることが、教師として私が本当にやるべきことだったのかはわからない。でも、この子の話を本当の意味で受け止めてあげられるのは、きっと龍也でも誰でもなく、私なんだという思いがあった。ただ、それだけだった。

「不安、です」
「不安?」
「小傍唯でいることが不安です。唯として頑張れば頑張るほど、来栖翔としての時間は奪われていく。俺はこのまま唯になってしまうんじゃないかって。この頑張りは翔のものになるんだろうかって」

弱音を吐く時にまでまっすぐな目をするんだなあ、この子は、なんてことが頭の片隅に浮かんでいた。それ以外の、脳の大部分を占めていた思考は、この子には聞かせられない私自身の懺悔。勝手にこの子と自分を重ねて、悩みを聞いてあげられるのは自分しかいないと思っていた私は、なんて愚かだったんだろう。私は男の娘だ。でも、月宮林檎は私自身だ。重ねてきたものは、嬉しいことも辛いことも全部自分に降り積もっていく。でも、小傍唯は来栖翔ではない。努力したことはすべて小傍唯のもの。その喪失感は、この子の胸にどれほど痛く巣くっているのだろうか。それをわかったふりになっていた自分が恥ずかしい。私がこの子にできることが、急に見当たらなくなってしまった。

強く、抱きしめた。それしか、私のとれる行動は見つからなかった。驚き、固まってしまったこの子に、言葉をかけられるくらいに私が落ち着くまで、少し時間がかかった。その間ずっと、心の中では同じ思いがぐるぐると回っていた。



(去りゆく時間を、どうか恐れないで)
(全部の時間が、全部の努力が、かならず貴方の力になるはずだから)



* * *

+のつもりで書いたんですが、感じ方によっては×に見えるかもしれない。唯ちゃんの話はずっと書いてみたいと思っていたのですが、林檎ちゃんと絡ませようという頭はなかったので、我ながらこの企画に感謝しております。林檎ちゃんが唯ちゃんにベタベタとくっつく百合百合した話を書きたかったけど、お題がお題なのでこんなものに。また唯ちゃん書きたいです(^^)
お題はTV様からお借りしました。
20130323


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