いやだ、恋に落ちたくない


*龍也さんの過去捏造気味な龍レン。ご注意ください。










恋愛なんてするもんじゃない。そう思うようになったのはいつからだったか。それは俺が入学した当時から既に存在していた「恋愛絶対禁止令」からくる思考ではなかったような気がした。いや、気がした、という言い方は酷く不適切だ。これはその思考に由来している過去を一切合切忘れてしまいたいという俺の心によるものだ。要は、思い出したくもない記憶があるから、俺は恋愛なんてしたくない。それで理由としては十分で、細かい理屈なんか必要ない。

……必要ないと思っていたのだが、どうもその記憶をこじ開けてくる奴がいるので、俺はこめかみに鈍い痛みを感じる羽目になっているというわけだ。



「おかえりなさい」
「……どこの家出少年だ」
「神宮寺さんのとこのでーす」

あぁ、妙な喋り口調に、同じく妙なテンション。これは危険度が高い。俺のマンションの部屋の前で、しゃがみこむこいつに「帰れ」と言葉の刃を突きつけることは容易い。でも、それは俺にはできなかった。こういう状態になったこいつが、脆弱であることを知っているから。

学園時代はただの生徒だった。担任をしていたし、こいつが問題児だったこともあり、他の生徒よりも余分に目をかけなければならなかったことは確かであったが、それだけだった。ただの教師と生徒とは言い難いような少し踏み込んだ関係になったのは、彼が事務所の準所属となってから。一度仕事で共演する機会があり、それから何故か懐かれてしまった。そんなに頻繁ではないが、大体が一月に一度ほどのスパンで俺の元にやってくるようになった。その度にため息をつくのだが、不安定さのわかるこいつのおどけた言葉を聞くと、邪険にすることなどできない。(この前の会話は「どこの野良猫だ」「一応財閥の血統書付きでーす」だっただろうか)まあ、家に上げたからといって、特にこいつが悩み相談を持ちかけてきたり、愚痴を言ってきたりするわけではない。こちらはこちらで疲れ切っている俺が申し訳程度に出す、安い粉茶やインスタントコーヒーをすする。ただそれだけ……と言えれば、俺がそこまで頭を悩ませる必要もないのだが。今日も、その瞬間はやってきた。

「……少し借りる」

隣にやってきて、こつん、と頭を俺の肩にのせる。そのとき、俺の内側はこいつの不安定さが移ってきたのではと思うほど揺さぶられてしまう。でもそれは、暗く悲しいだけのものではない。例えるならば、多少の甘さを含んだ春の嵐のような。
甘さの正体は、年甲斐もなく感じてしまう胸の高まりなのだと思う。さすがに、そのことに自分で気がつけないほど鈍くはない。ふわりと香るこいつの髪の匂いとか、肩から伝わる静かな息遣いとか、そういうすべてが俺の中の柔らかい部分に飛び込んでくる。
その一方で、思い出したくもないのに勝手に反響してくるのは、過去の記憶だ。学園に入学するよりもずっと前、おそらくは俺の初恋の思い出。結婚することさえ許されていない幼さの中で向けられた一言は、あどけない残酷さと片付けてしまうことができないくらいには俺の内側をひっかいていった。

(私が泣くと、迷惑そうな顔をするよね)
(どうせ心の中では、女なんて面倒くさいって思ってるんでしょ?)

カリカリと、爪を立てて何かにひっかかれているような感覚。その痛みが未だに残っているというのだから、存外俺は臆病なところがあるのかもしれない。いつも通りのジレンマに陥り始めていたその時、隣で空気が揺れたのを感じた。肩から小刻みなリズムが伝わってくるあたり、どうやらこいつが声を出さずに笑っているらしい。

「……おい」
「……っ、ごめん……おもしろくて。リューヤさん、こうするといつもガチガチに固くなってるから」

これはどう考えても馬鹿にされているのだろうが、それにも拘わらず、神宮寺から笑顔が零れたことにホッとする気持ちが先立つものだから、なおのこと心が安定しない。なんのつもりでこんなことをするのだと、聞いてみたいと何度か思ったが、それを聞くのは自分のほのかな甘い心を認めるようで躊躇われた。そもそも、こいつは男で、この行為に深い意味などないはずで。それがわかるからこそ、事態はさらに混乱を極めている。人生には難題が山積みだ。

「今から、俺はかなり無遠慮なことを言うと思う」

いきなりそう切り出したこいつの表情は見えないままだが、もう笑ってはいないことが空気だけで感じられた。

「それが見当違いだったらごめん、って、先に謝っておくよ」

(ドラマで初めて共演した時、俺は気づいてしまったんだ。そんなの勘違いだって思われるかもしれないけど、俺はきっと正しいことだと思ってる。生憎、人の感情を推し量ることは得意なんだ。共演者の女性が泣くシーンで、貴方は様子がおかしかった。その後も、しばらくずっと。そうだよね?)

「似てると思ったんだ。俺に」

驚くほど的確に、俺の感情の機微を言い当てたこいつは、なるほど、考えてみればいつも見えない場面で色々なところに気を回していたことに気がつく。それなのに周りには自分勝手に気ままにやっているように思われているのだからすごい。

「俺もね、誰かに泣かれるのに耐えられない。責められている気持ちになるから」

誰にでも、特に女には、いつでもいい顔をしているこいつの裏側には、きっと「泣かれたくない」という思いがあったのだということにも気づく。「泣かれたく」ないから、恋愛なんてしない、必要以上に近づかないことを選んできた俺。「泣かれたくない」から、笑顔を浮かべて、それ以上近づかれないよう牽制してきたこいつ。抱えていたものは、形は違えど、本質は同じか。

「あのね、リューヤさん。俺は、泣かないからね」

おそるおそる重ねられた手を、振りほどくことなどできなかった。



(いやだ、恋に落ちたくない)
(叫び続けていた何処かの声が、その時聞こえなくなった)



* * *

以前、翔レン♀で泣けないレンちゃんを泣かせたい翔ちゃんの話を書いた時から、違う方向でも泣けない神宮寺を書きたいと思っていたのですが、やっと願望が叶いました。龍レンを書けば書くほど思うのですが、やっぱりこの組み合わせは龍←レンから始まるんだろうなあと。でも付き合っていくうちに龍→→←レンぐらいの重さに変わっていると美味しいなあと思います。
お題はTV様からお借りしました。
20130316


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