That day......
*神宮寺誕生日当日の音レン。甘いの目指しました。
―――そして、愛しい君は一つ年を重ねた。
「それで、あれは冗談ではなく?」
ベッドの上に座ったレンが、妖艶に微笑みながら言う。彼の唇が猫の爪のような弧を描いて、すうっと薄くなる様が酷く扇情的に映った。さっき1つ年を重ねたばかりなのに、また彼との経験の差が随分と開いてしまったかのように思える。埋めようのない2年の差。レンは早生まれだから、本当はそんなにも差はない筈だが、感じる溝はいつまでも埋まらない。それはとても歯がゆい事実だけれど、不思議と妬みはない。追いつけても、追いつけなくても、俺が彼を好きという気持ちは変わることがないと思えるから。
「そう!プレゼントは俺の心と体!」
「あのね、その言い方はすごく恥ずかしいからやめてほしいかな」
薄暗い部屋に溶ける浅黒い肌が、少しだけ赤く染まって、今度は困ったように笑う。そんな少し子供っぽく見えるような仕草にさえそそられる。頭のとても大事な部分が馬鹿になってしまったのかもしれない。レンと身体を繋げるとき、よくそういう感覚に陥る。それは理性を失くす感覚なのかもしれない。
「いいでしょ?どうせこれから恥ずかしいことするんだから」
「……そんな下品な親父みたいな科白、どこで覚えたのさ、まったく」
そんな会話をしながらレンを優しく抱き寄せる。レンも俺の首に腕をまわす。いくら憎まれ口を叩いても、今日の君は素直だってこと、知ってるよ。
「……キスしていい?」
「……いちいち、聞かなくていいからっ……!」
吐息まじりに耳元で囁けば、体が震えること知ってるんだ。初めは触れるだけのキスでいいことも、舌先で下唇の形を丁寧になぞられると切なげに目をかたく閉じることも。執拗に下唇を攻めると、抗議するかのように彼の身体が跳ねる。こうやって君をなぞることで、君の存在自体の輪郭も俺が縁取ってあげられればいいのに。
「ちょっ……イ、ッキ、」
「もうダメ?……体に力入ってないけどー」
大きく肩で息をするレンが愛しくてしょうがない。全部、欲しい、俺のものにしたい。あれ、今日は俺がレンのものになるんだったっけ?軽く耳を甘噛みすれば、目を瞑る。我慢、してるのかな?今日は我慢しなくていいのに。欲しいもの、全部あげるから。君という存在を、綺麗になぞってあげるから。
「ねーえ、何欲しいの……レン?」
「……馬鹿でどうしようもない一十木音也」
昨日も言ったけど、今日は特別仕様で、ね。
「俺ね、レンが生まれてきてくれて本当に良かったと思ってるんだよ」
「……ん―」
情事の後のレンは、いつも気怠そうにしている。その様子は機嫌を損ねてぐずっている幼子のようで、可愛いなあとまた頬を緩めてしまう。
「だから今日ね、2月14日にレンが生まれてきてくれて、俺は幸せだってこと」
そして、啄むようにまたキスをする。今日は何回キスをしたんだろう?それはきっと数えきれないくらいで、そんな思考はすぐにどうでもいいものとして頭の隅に引っ込んでいってしまう。汗でしっとりと濡れたレンの髪を指で梳いた。
「……上手く言えないけど、俺も幸せだと、思うよ」
レンが言葉を濁すとき、それは本当の言葉を語ろうとしているときだ。長い間、本音を押し殺して生きていた自分にとって、心の中をありのまま語ることは酷く難しいのだと、つきあい始めた頃にレンが打ち明けてくれた。だから俺は、彼の言葉を注意深く待つことにしている。例えそれが、どんなに普段の神宮寺レンらしくない姿だったとしても。
「俺は生きてて、イッキも生きてて、生きてて、動いてて、あったかくて、それは幸せなことだと、思う」
痛かった。レンの本当の言葉は、本音だからこそいつも激しく人の心を突く。たどたどしく、言葉を慎重に選びながらここまで言い切ったレンが、何だかとても幸せそうに笑ったことが、俺にとっては救いとなった。
――愛しい。自分がこんな感情を持つなんて、レンに出会わなければきっと気づかなかった。
「ねぇ、生まれ変わっても、って、レンは信じる?」
「ん……?」
「ずっと永遠に、ってあると思う?」
そういう類の話、つまり未来の話を一切しようとしないレンに、そんなことを聞いてしまったのは俺の弱さだ。永遠なんて誰よりも信じていない君の口から、今日ばかりは甘い夢のような言葉が紡がれるのではないかと期待してしまったのだ。まあ、そんな俺の幻想はすぐに打ち壊されることになるのだけれど。
「ない、と思うよ。俺はね」
「……そっかー。……何で?」
――俺はね、生まれ変わりとか、前世来世って信じられないんだ。もしも前世がみんなに共通してあるとしたら、じゃあアダムとイヴの前世って何?って話になる。もしも1つの命が終わって、それが新しい命に生まれ変わって、っていう形で命が続くなら、今みたいに人口って増えたりしないしね。
「……そういうとこ、レンらしいなあ」
レンの背中に顔をうずめながら、少し悲しそうな声で言ってしまった。離れたくないと訴えているような自分の仕草は何だか狡くて嫌になった。俺は欲張りだ。レンに欲がない、そのぶんだけ俺はどんどん欲深くなっていくような気がする。
「それでもさ、俺は寂しくないからね」
「………寂しく、ない?」
「だって、俺もイッキも、未来にも過去にもいない唯一の存在だろう?そんな2人が出会えただけですごいし、俺たちがいっしょにいることは、この瞬間も昨日も明日も全部特別な気がする。それはロマンチックだと思わない?」
「……ビックリした。全然レンらしくない」
「そうだね。俺も驚いてる。自分がそう思えるようになってることに」
「イッキのせいだよ?」そう言ってレンが無邪気に笑った。今の笑顔も、特別。これから先全部が、2人の特別。レンが俺を特別に思っていてくれたことよりも、俺がレンの思考に影響を与えているんだってわかったことの方が嬉しいなんて言ったら、また馬鹿って言われるかな。
(レン誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう)
(溢れんばかりの特別を、君に)
* * *
誕生日くらいは甘い話を第二弾ということで、誕生日当日話でした。気持ち、会話文多めに。もう何度も言っている気がしますが音レンを書くとつい会話文が多くなってしまいます。この二人の何気ない会話の端々に色々なものをのせたつもりでおりますが、それを言葉で表現できるようにもっと精進していきたいです。
20130221
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