どうにもキスは苦手
*レンが少し乙女気味な翔レン。二万打企画小説です。
有り得ない、と思った。それと同時に、有り得ないと思われているだろうとも思った。そりゃあそうだろう、立っていても歩いていても何をしていたって女性を惹き付ける、百戦錬磨の神宮寺レン。早乙女学園抱かれたい男ナンバーワン(非公式)の神宮寺レン。そんな人間が、この俺が。……キスが苦手だなんて。
まさか自分がこんな風に色恋事で頭を抱える日が来るだなんて、夢にも思わなかった。女の子の扱いは慣れたもので、恋愛など本気にならなくたって赤子の手を捻るよりも簡単なことだった。(本気にならないようにしていた、という事情もあるのだが)その自分が、これほどパニックに陥ってしまうことがあっていいものだろうか。いつまでたっても纏まらない自らの思考を恨みながら、この状態を作った張本人を後ろから眺める。少し離れた席に座って、俺はちっとも聞いていやしないリューヤさんの授業を目を輝かせながら聞いている人物を。
オチビちゃんから告白をされたのは、2週間ほど前のことだった。その日、珍しく俺の部屋を訪れたオチビちゃんに「どうぞ、ちょうど聖川もいないから」と告げると「ああ、知ってる。だから来た」との返事が返ってきて。何かとても大きなものを飲み込んでいるような彼の様子に少し戸惑ったのが、まるで昨日のことのようだ。その後、彼にされたのは紛うことなき『愛の告白』という類いのもので、それを冗談らしくかわそうとすることを決して許さないオチビちゃんの態度に心臓が妙な揺れ方をしたことも記憶に新しい。そして何故か、俺は来栖翔とステディな関係になった。いや、なってしまった。どうしてもいつものようにできなかったのだ、真剣に思いを伝えてくる人間の思いを踏みにじって、のらりくらりとそれをかわすことが。まだまだ短い学園生活のなかで、俺のことを一番に理解してくれた特別な存在を、適当にあしらうことが俺にはできなかった。そして、きっぱりと断ることも(どうしてか)できなかった。だって、俺がオチビちゃんのことを好いているという事実は少なからずあったわけで、それがLoveなのかLikeなのかなんて、考えてみても境目なんて見当たらなかったのだ。
とりあえず俺は、彼がいう『付き合う』という行為に合わせようと考えた。それは、こちらが先に歩み寄ることで、向こうにも少しこちらの考えに近づいてきてほしかったわけで。つまりは、今まで通りの女の子に優しいみんなの神宮寺レンでいることを許容してほしかったのだ。その計画はどうやら上手くいったようで、普段の通り女の子に愛想を振りまく俺にオチビちゃんは何も言わなかった。その一方で、俺はそれ以外の学園生活の大半をオチビちゃんと共に過ごした。授業、ランチ、帰り道……。でも、それは今までだってやって来たことであったし、その頻度が多くなったくらいで特に変わることもない。俺とオチビちゃんはかなり良好な『恋人関係』を築いていた。そう、3日前までは。
3日前、オチビちゃんに唇を奪われた。恐らく、彼にとってその行為は相当勇気のいることであったわけで、だからそれがあまりにも突然でムードもへったくれもなかったことは多目に見てやりたいところではあった。いきなりのことに、ソファに座って呆けていた俺を見下ろしながら、それをやり遂げた達成感に満ち溢れているオチビちゃんの顔は何だか微笑ましかった。その時はまだ良かったのだ、そうその時は。それから毎日、オチビちゃんは俺の唇を狙ってくる。それを、俺は全力で避けている。何故か、それは……苦手だからである。今まで何人もの女の子とキスをしてきておいて、何を今更とは、自分自身思っている。それでも、自分からするのと、されるのとでは驚くほどに違いがあるということを思い知らされた。要は、キスを『される』ことがどうも苦手なのである。だからといってそれを彼に告げるわけにもいかず、いつも緊張した面持ちでキスをしようと奮闘する彼を避けるのも居た堪れなく、一体どうするべきかと途方に暮れているというわけである。何度も言うが、本当に神宮寺レンともあろう人間がこんなことで悩んでいるだなんて、溜め息しか出ない。そんなことをいつまでも考えているうちに、今日の授業は終わりを迎えていた。
レコーディングルームという場所は、音楽を作り上げるという意味ではとてつもなく神聖な場所である。しかし、見方を少し傾ければそこはムード作りにもってこいの密室にもなり得る。物事なんてみんなそんなもので、人間はみな各々が好きな時に好きな見方で物を見ているものだ、なんてぼんやりと思った。放課後のレコーディングルームでオチビちゃんとペアの課題に取り組んでいた最中、それまで音楽に真剣だった彼の空気が急に色をまとった瞬間のことだった。そして、俺の身体は深く考えることもなく、それを避けた。
「……お前、この前から俺のこと避けてるだろ」
何を言ってるのさ、気の所為だよ、なんてしれっとした態度で言えないくらいには、俺も後ろめたさを感じていた。告白された時も、今も、適当に流すことができないのは、何よりも彼の態度が真剣だから。光を受けて輝くビー玉みたいに綺麗で、いい匂いをさせる飴玉みたいに甘そうな空色の瞳が俺だけをまっすぐ見つめることが嬉しいけれど、その反面少し怖い。今まで、中身の伴わないニセモノの愛ばかりを他人に振りまいていた俺が、溢れんばかりの本気を纏った彼の気持ちを貰うことが許されるのか。いや、それを受け止めることが果たして可能なのか、と。キスを『される』ことに戸惑うのは、きっとそれが理由で。でもそれを正直に話すことができないのは、きっと彼に嫌われることが怖いから。それほどまでに彼に気持ちが寄り添っていることに気付けないほど鈍感な自分ではない。
「俺のこと、嫌なら、その……遠慮しないで言えよな?」
言えない。ただでは言えない。嘘や虚勢で固められた言葉でなく、本当の言葉を口にすることがこんなにも難しいだなんて、まったくオチビちゃんと付き合うようになってから気付かされることばかりだ。そんなことを考えながら、不安そうに眉を下げる彼の唇を塞いだ。本気の思いを存分に込めたキスと、隠さない俺の本音を、君に。
「されるのは慣れないんだ……こっちの方が得意なんだけど?」
やっぱりおどけたような言葉になってしまうのは、癖のようなものだから仕方がないのだろうか。突然の俺からのキスに小さな口をパクパクさせているオチビちゃんを見やりながら考える。(顔も赤いし、何だか金魚みたいだ)
「だっ、ダメだ!それはダメ!絶対ダメ!」
「どうしてさ?どっちもしてることに変わりはないだろう?」
「そっ……れはそうだけど、でも、」
彼が一際、大きな声で、
「俺はお前のことすげー好きだから、だから、俺からキスしたいんだ!」
なんて、意味のわからない理屈を叫ぶ。その様子はどう見方を傾けてみても可愛らしくしか見えなくて、でも言われたことは何だかすごく嬉しくて、こらえきれなくて吹き出してしまう。「笑うな!バカ!」と吠える彼を、本当の意味で好きだと実感する。彼の気持ちを受け止めたいから、キスを『される』のにも慣れようと、一つ小さく決心をした。そして、俺も彼のことがすごく愛おしいから、俺からキスを仕掛けるのも止めないでおこう、とも。
(どうにも、キスを『される』のは『まだ』苦手)
* * *
翔ちゃんって、男らしくいることにすごくこだわりそうだから、キスは絶対に自分からしたいとか思ってるんだろうなーという想像から生まれた翔レンでした。別に神宮寺を女の子扱いしたいわけではなく、ただ自分が男らしくあることにこだわりそうです。そんな翔ちゃんを「可愛いなあ」とか思いつつ、端から見れば「お前が一番可愛いよ」状態な神宮寺が好きです。本気の恋愛は初心者なウブレンを推奨しています。
お題は
TV様からお借りしました。
20120503
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