花は遺志を継いで開く
*音也独白っぽい音翔。死ネタなのでご注意ください。二万打企画小説です。
いつだって前向きで、自分の病気のことなんて欠片も表に出さない翔のことを、俺はすごく尊敬していた。それと同時に、誰にも……俺にも弱さを見せないことが心配で、急に不安に襲われることもあった。だから、翔がたった一度だけ俺に話した「これからの話」を聞いた時は、何だかホッとしたような、それでいて酷くやりきれないような、そんな気持ちになったことを今でも忘れられない。
それは本当に突然だった。精神的に参っているような素振りもなかったし、発作の後で身体が弱っていたわけでもない。彼は誰も何も疑いようのないほどに普段通りの様子であった。いつも通り、トキヤがいないからという理由で俺の部屋でゲームをして、そろそろ寝るかと言ってダラダラしている、そんな何ともない時間。彼がその細くて白い喉元から生んだ言葉は、俺にはただの心地よい音にしか聞こえなかった。
「もし俺が死んだらさ、いつか俺のこと忘れてくれよな」
俺の顔を見ることなく、まるで独り言のようにそう呟いた翔の言葉を、俺が理解するまでにはかなりの時間が必要だった。その間、沈黙に支配された俺の部屋はとても息苦しい空間となっていて、さらに俺の頭の働きを鈍らせるから困りものだった。(誰が死んで、そして誰が誰を忘れるって?)頭がボーッとしてきたところで、慌てて大きく息を吸ったらヒュッと喉が鳴ったのが聞こえた。そうしたら急に翔の言葉を理解できたのは、呼吸をしたからなのか沈黙が壊されたからなのか。それがわからないほどに混乱していた俺は、とりあえずその言葉を否定することを選んだ。
「何言ってんの、翔?全然意味わかんないよ」
カラカラの喉から精一杯の明るい声を絞り出した俺を見た翔は、今まで見せたこともない自嘲するような笑みを浮かべていた。もっとちゃんと、いつものような花がほころぶような顔で笑ってほしいと思った。俺といっしょにいる時はどんな時だってその笑顔で笑っていてくれた翔だったから、改めて翔を笑わせる方法なんて咄嗟にまったく思いつかなくて、ただただ翔の顔を見つめることしかできない。それでも、心の奥の方ではしっかりと違う自分がいることも気が付いていたんだ。(この話は、ちゃんと聞いてあげなくちゃならない)翔の弱さを、俺は受け止めなくてはならない。
「……俺が死んでも、俺を想って泣かないでほしい」
「どうして?泣くよ、だって悲しいもん」
「お前は、そういうと思った」
そう言ってはにかんだ翔は、何だかすごく儚げに見えて怖くなった。俺の大好きな真っ白な肌が、そのまま透き通って消えてしまうのではないかと思って。その腕をとって翔の存在を確かめたい、そのままキスをして、この腕にきつく抱いて決して消え去らないようにしてしまいたいという衝動を、俺は必死の思いで押し殺した。せっかく翔が見せてくれた心の内側の部分、それを遮ってしまってはならないと思ったのだ。いつだって自分の衝動を抑えることができなくて翔に怒られる俺だったけど、こういう時は我慢できるんだよ、って今度言ってやろう。
「ヤなんだよ、そういう湿っぽい感じ。自分の命日に辛気臭く泣かれるのとか、考えただけで暗くなるだろ?」
だからさ、と翔は続けた。それはきっと翔のありったけの明るさを詰め込んだような声で。
「俺の誕生日の時だけ、思い出して笑ってほしい。誕生日おめでとうって、お前らしい笑顔で」
そこから先のことは、あんまり覚えていなかった。もしかしたら俺はその言葉を聞いて子どもみたいにわんわん泣いたのかもしれない。もしくは、やっぱり我慢ができなくなって翔のことを抱きしめて、もうそんな切ない言葉が告げないように唇を塞いでしまったのかもしれない。そのことが今になってちっとも思い出すことができないのは、きっとこの言葉を言った時の翔の笑顔が、色々な意味で印象が強すぎたからなのだと思う。この場面、この翔の科白だけは、今でも夢に見るほどなのだ。
6月9日、俺が、俺たちが、大好きだった翔の誕生日はどんなに時が過ぎ去っても毎年必ずやってくる。この日は絶対に買うと心に決めているものがある。近所の花屋で、両の手にあふれるほどの花束を。メッセージカードには、もちろん君の名前を。
「ハッピーバースデー、翔」
生まれてきてくれて、俺と出会ってくれて、ありがとう。バカな俺は翔との約束を守りきれなくて、たまに君との日々を思い出して涙してしまったりするんだけど、(翔に殴られちゃうね)それでも、この日だけは俺らしいとびっきりの笑顔で笑うから。君を想って、笑うから。
(君が俺に初めて見せた弱さ)
(それは、君の強さを象徴する遺志だった)
* * *
久しぶりに小説を書こうと思ったら、びっくりするくらい書けなくなっていて驚きました。というわけで、軽いリハビリも兼ねて少し短めに音也の独白っぽく書いてみました。Coccoさんの「遺書」という曲を聞いて無性に書きたくなったのです。子どもっぽい音也と大人な翔ちゃんが好きだということに今更気が付きました←
お題は
TV様からお借りしました。
20120419
back