理由は嵐


*砂←レンっぽい。二万打企画小説です。













どうにも、雨の降る日はあまり好きではなかった。男にしては髪を長く伸ばしている身として、湿気で髪が纏まらないのも不快であるし、傘を差して歩くのも余り好きではない。折りたたみ傘などを丁寧に持ち歩くような性格でもないし、急に降られた雨に濡れることもしばしばあった。しかし、そんな俺なんかよりも雨をもっと嫌う生き物がいるもので、それは可愛いレディたちだ。髪型が崩れる、化粧が落ちる、足元が濡れる、そう嘆く彼女たちを雨の中エスコートするのは結構骨の折れることで、女性の扱いならお手の物な俺でも、少し疲れてしまうのは否めない。だから雨の日には外出を控えることにしているが、雨は夜を長くする。誰も寄り添ってくれる人のいない中、雨の夜を過ごすことは俺にとってはかなり苦痛で、まあ詰まるところただただ俺は雨が好きではないのである。

台風が接近しています、今日の夜からはその影響で激しい雨となるでしょう。朝の天気予報は嘘は吐かなかったようで、外の様子は夕方になるにつれて雨風が激しくなっていった。今日は出かけるのを止めてよかった、と寮の食堂で夕食をとってから部屋まで戻る途中に思いを巡らす。流石に今日は学校に遅くまで残っている生徒はいないようで、食堂もいつもより賑わっていた。こんな日に外出をするのはどうしても外せない用事のある者か、余程の物好きか、そのどちらかだなどと思いながらエントランスのあたりを通りかかると、そこによく見慣れた人物の姿を見た。それはいつも目にしている人物であったのだが、この雨のせいか少し様子が違ってしまっている。普段はふわふわと柔らかそうで甘ったるいミルクティーのような色をした髪も、制服も、何もかもが濡れに濡れている。そして、優しそうな翡翠の目は、覆われているいるはずのレンズを失くして鋭い光を放っていた。そう、そこにいたのは四ノ宮砂月であったのだ。

「雨の日には、眼鏡は不便だね。こんな日にお出かけだったのかい?」
「……俺じゃない」

一人で退屈していたこともあって、珍しい人物につい話しかけてしまう。濡れた髪を野性的な仕草で掻き上げるその人物は、ずぶ濡れの全身を確認して少し途方に暮れたような顔をしたように見えたが、その表情は一瞬で呆れたような不機嫌なようなものに戻ってしまった。こちらの問いに「俺じゃない」と答えたところを見ると、恐らくはシノミー……那月の方がこの雨にも気付かずに夢中で練習をしていたのだろう。スイッチが入った時の彼は、他のものなど目に入らぬほど音楽に没頭してしまうのだとオチビちゃんが話していた。天才、とそう呼ぶのが相応しいとも。音楽に対して感性に重きが置かれているという点では、彼と俺は似ているのだろうなと思う。俺の方は決して天才などではないのが悲しいところではあるが。

「確かに、ブラックはこんな日に出掛けるなんてことはしなさそうだ」
「そのブラックってのは止めろ、殴られたいのか」
「まさか。じゃあ……さっちゃん?」
「……」

彼の顔に立った青筋を見て、腹を立てているのを悟る。それでも、彼は俺に殴りかかって来ることはなかった。彼とこうして一対一で向き合うのは初めてではないが、脅すような言葉が俺に対して本当に実行されたことは今まで一度だってなかった。それはきっと、俺という人間を暴力や恐怖で黙らせることはできないと彼がわかっているからなのだろう。そして、俺も彼がそういうことを敏感に感じられる聡い人物であることを知っている。だからこうしていつも声をかけてしまうわけだ。四ノ宮砂月という人物は、俺にとって一人の人間として興味深い存在であるらしい。

「砂月」
「ん?」
「砂月でいい……ブラックやらさっちゃんやらは勘弁してくれ」

そう言った彼は、俺のことなど気にもしていない、という風な装いで今まで足元に転がしていた水びたしの鞄を探った。何かを探しているようだが、こんな有様では鞄の中のものまで濡れてしまっているだろうに、と俺は自身のジャケットの内ポケットからハンカチを取り出して彼に差し出す。聖川のように毎日丁寧にアイロン掛けまでもはしないが、俺もハンカチくらいは持ち歩くようにしている。レディが不意に怪我をした時や、服が汚れてしまった時のためのものだ。差し出した黒いハンカチと俺の顔とを訝しげに眉根を寄せて見つめる彼の顔は、放っておいて欲しいと思っているのか、それとも困惑しているのか、よくわからなかった。

「何故、お前は俺に構う?俺は那月の影だ。お前にとって、俺と係る理由なんてありはしない筈だ」

まるで自分自身を卑下したかのような彼の言葉は、何故だか俺にとって酷く痛いものだった。四ノ宮砂月という存在は、どうして自分が一つの立派な個人であることを認めないのか。そこまで頑なに影であろうとすることがただ悲しかった。彼が「自分の存在は那月の影だ」と言う度に、思い出すのはいつだって俺に母親の面影を見ていた亡き父のこと。確かに俺は俺であるのに、俺として見てもらえないことへの戸惑い、落胆、そして恐怖。もしかしたら俺は、そんな自分と、何をするのにも四ノ宮那月がついて回る彼の存在とを重ね合わせているのかもしれない。そうでなければ、彼の先刻の科白がこんなに痛いことの辻褄が合わないのだから。

「四ノ宮砂月は、影じゃないよ。少なくとも、俺にとっては、ね」

少し自嘲気味に笑いながら、彼のひんやりと冷たい手にハンカチを押しつけた。そうでもしないと、差し出したこの手のやり場も、この気持ちのやり場も、何処にも見あたらなかったからだ。

「いつかちゃんと返しに来てよ。……シノミーじゃなくて、砂月が、さ」

強引な俺の言動に、「お前は本当に変わってる」と俯いて答えた彼は、どこからどう見ても四ノ宮那月の表情ではない顔をしていて、そのことにどうしようもなく安心してしまったのだった。



(君に会えるためならば、その理由が嫌いな嵐だって構わないと思った)



* * *

砂レン書くぞー!と意気込んで、色々考えたのですがやっぱりこの二人は砂←レンな感じから始まるのだろうなと思いました。神宮寺の変人っぷりと飄々とした態度にペースを乱されるさっちゃんが好きだけど、さっちゃんに迫られてたじたじになる神宮寺も大好きです。後者の方も書きたかったけど、初めての砂レンなので心持ち馴れ初めっぽくしました。砂レン増やしたい!
お題はTV様からお借りしました。
20120304

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