境界線


*マフィアパロでマサ→←レン。真斗だけ違うファミリーです。不幸せ、死ネタ注意。二万打企画小説です。













俺たちの間にはいつからか、目には見えないながらも、決して越えられず取り掃えもしない境界線ができた。

早朝の冷たい空気が息を白くさせる中、俺はある路地裏の隅の壁にぴったりと背をつけていた。一体何時間ここにいるだろう、と思いながら腰のホルスターに収められている黒い鉄の塊りを確かめるように指でなぞる。ひんやりと冷たいはずのそれの感触は伝わってくることはなくて、自分の手が想像していたよりも悴んでいたことに気付く。そんなことにも気が付かないなんて、まったくこれから要人一人を暗殺しようとするマフィアとは思えないと、自嘲気味に笑った。思えば、ボスがこの仕事を俺に依頼してきたのはきっと組織への俺の忠誠心を試すためだったのだろう。そうに決まっていた、だってあの人は何もかもを知っている人だ。俺に……神宮寺レンに、聖川真斗を暗殺しろという任務を課すだなんて。
真斗とは、まだ俺が神宮寺家を飛び出してボスに拾ってもらう前に知り合った。俺も幼く、真斗も幼かった。幼馴染、という言葉が合っているのかもしれない。神宮寺で碌な扱いを受けて来なかった俺と比べて、真斗は聖川の次期ボスとして大切に大切に育てられていた。でもそんなこと、まだガキだった俺には大して気になることでもなかったのだ。ただ、同じ年頃の少年が、同じようにマフィアの家の子として生まれた奴が側にいてくれたことが、俺の人生の中でとても幸運なことであったと今でも思っている。そしてそれが、他の誰でもない聖川真斗であったことも。あの時、俺の生活は真斗とジョージだけで回っていたようなものだった。真斗と話をしたり遊んだり、そしてジョージにマフィアのこと殺しのことを学んで。二人とも、血なんか繋がっていなくとも俺にとってかけがえのない存在であることは、自分自身疑いようのない事実であるのに。それなのに……。

「ヒジリカワマサトは、危険だ。いや、もうすぐ危険な存在になると言った方が正しいか。今の内に叩かねば、ヒジリカワは手に負えなくなってしまう」

珍しく真面目な口調で任務内容を告げるボスの様子から、この仕事がうちのファミリーにとって酷く重要なものであることをひしひしと感じさせられたことを思い出す。こういう手持無沙汰の時に、煙草でも持っていれば良かったといつも思うのだが、生憎煙草は吸わないので俺のスーツのポケットにそれが入っていたことはない。そこまで考えて、「煙草は身体に悪いから絶対吸うな!」なんて息巻いているオチビちゃんの姿がスッと浮かんできた。ボスに拾われて、仕事はしっかりこなしながらもずっと一匹狼だった俺を、出逢ったその日からずっと支えてきてくれた子。仲良くなってからは組んで仕事をすることも多かった。マフィアとは思えないくらい真っ直ぐで、いっそ眩しいくらい馬鹿正直。そんな君が今の俺と同じ立場に立ったら一体どうするんだろうね?と、返ってくる筈もない問いを頭の中にぶつけてみる。もし俺がこの任務を遂行しなかったなら、掟によって処分されるだろう。裏切りは死よりも重い、裏切り者には凄惨な死を……。裏切り者の始末は、そいつと一番仲の良い仲間が行うことになっている。俺の場合はきっとオチビちゃんだ。そうなったらきっとあの子は泣くんだろうなあ、もしかしたらそんなことできないとボスの命令に逆らってしまうかもしれない。そんなオチビちゃんを、イッキやイッチーやシノミーが何とか宥めて。その光景が手に取るようにわかって思わず笑ってしまった。こんなことを考える俺は、まるで真斗を殺す気なんて端からないと言っているようだ。
AM5:00、仕入れた情報によればきっともう起きた頃だ。何故彼が寝ている時ではなく、わざわざ起きている時を狙うのか。その答えはわかりきっているのだけれど、俺はそれから無理矢理目を背け続けていた。真斗が組織絡みではなく、個人で押さえているこの部屋は護衛も少ない。不意を突けばナイフだけでやれる、音もなく二人の護衛を物言わぬ身体にするのは容易かった。元々戦いの基本をすべて育て親であるジョージから教わった俺は、マフィアというよりは暗殺者向きだ。派手なマシンガンやらショットガンやらでドンパチやるよりは暗殺の方が得意であるから、扉を開けて真斗の後頭部に銃を突きつけることだって簡単だった。

「久しぶりに会ったかと思えば、随分なご挨拶だな?神宮寺」
「……こんなに簡単に背後を取られるなんて、なってないんじゃないのか?聖川」

頭蓋に銃を突きつけられていながらこんなに冷静でいられる人間なんてそういないものだ。こいつは知っていたのだろう、俺が来ることも……俺がすぐには自分を殺せないことも。

「……何故殺らない」

そう言いながら、俺の方を振り返るこいつは今にも殺されようとしている人間には見えないだろう。もしかしたら、端から見ればこいつの額に銃口を当てている俺の方が、殺されそうで慄いているように見えるかもしれない。それくらい銃を握る俺の手は震えていたのだ。できることなら叫び出して、誰かに助けを求めたいくらいの気分であった。そんなこと、できるはずがないこともわかっていたのだが。

「……は、わかってるからそんなに冷静なんだろう?俺は、お前を……殺せないって」
「……」

真斗の目は片時も逸らされることはなく俺の目を見つめていた。その目はやっぱり子どもの頃と変わらない、真摯に俺を見つめる目だった。久しぶりに会う真斗が、俺の記憶の中の真斗と違ってしまっていたのなら殺せるかもしれないと思っていた。だから俺は真斗と話す時間が欲しかったのだ。いや、最悪話せなくたって良かった、この目を見たかったのだ。刺すように一閃鋭い中にある、あの頃と同じ柔らかい瞳を見つけてしまったが最後、俺がこいつに手かけることは不可能になってしまった。予想はしていたつもりだったのだが、まったく難儀なことだ。

「共に逃げようか」
「はあ?」

突拍子もなく真斗が呟いた言葉は、夢物語と言って一蹴するのも逆に憚られる程のものだった。聖川の次期ボスと、早乙女の裏切り者が二人揃って逃避行だなんて、行き着く先は地獄か、それよりもっと酷いところか。余りにも現実味のないその言葉に、思わず気の抜けた声を上げてしまうが、お陰で手の震えが止まったことには少し感謝をしたい。みっともなくてかなわなかったから。その言葉を言った本人も、そんなのは絵空事だとわかっていることは、困ったように眉を下げているもんだから丸わかりだ。

「俺は、神宮寺、お前に生きて欲しいんだ」

そう語る真斗の目はマフィアのそれではなくて、つい居心地の悪いような気持ちになる。俺が生きる選択肢なんて、お前を殺す以外には残されていない。そんなことをしてまで生き残りたいと思うほど、俺はこの世に未練なんてないんだ。望むのはただ、お前のこと。

「……その言葉、そっくりそのまま返すよ、真斗」

これ以上ここにいてはいけないと踵を返した俺を引き留めたのは、俺の知らぬ間に逞しく成長していた真斗の腕だった。掻き抱くように俺の身体に回された腕は苦しいくらいに強かったけれど、その一方で酷く刹那的にも感じられた。うなじにそっと唇を寄せられたのが、そっとかかる暖かい息でわかる。

「それでも俺は……、レン、お前になら殺されてもかまわないと思った」

低くくぐもった声とうなじに感じる雫の感触は、真斗が泣いていることを嫌というほど俺に教えてくれた。銃を突きつけられた真斗があんなに冷静でいられたのが、殺されることを受容していたからだなんて、そんなこと今更知りたくなどなかったのに。泣きたいのはこっちのほうだ、と思いながら、いつの間にか緩んだ腕から抜け出して部屋を出て行くことは驚くくらい難しかった。



(何を憎むべきかなんてわからなかった)
(ただそこにあったのは、生まれた時から存在していて、いつの間にか色を濃くしていた、一本の境界線)



* * *

真斗→ただレンに生きて欲しい、そのためならレンに殺されてもかまわない
レン→ただ真斗に生きて欲しい、そのためなら組織を裏切るのも仕方ない
思いは交わっているのに重ならない、と。レンはこの後、仲間の手を汚させたくないから自害しそう。レンの優しさとか自己犠牲って、周りの人間にとってはたまにすごく残酷ですよね。
お題はTV様からお借りしました。
20120225

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