眠るならこの場所


*×というよりは+な感じ。翔ちゃんが弱めなのでご注意ください。二万打企画小説です。













夜になると、俺の中で生きているという概念が希薄になる。もうすでに暗闇に慣れてしまった目で、壁にかけたいくつもの帽子を眺めながらそんなことを思った。部屋の反対側から聞こえてくる那月の寝息はさっきからずっと規則的に続いている。熟睡しているのだろうと安心して、何度も何度も寝返りをうった。基本的に寝付きはいい方である。「寝付きはいいけど寝相は悪い!」と音也に言われるくらいには。そんな俺がこうやって眠れなくなるのは、夜に発作が起きてしまった後と決まっている。一昨日は久しぶりに軽い発作が起きた。しばらく課題に追われていて体力を消耗していたことが原因だっただろうと思う。真夜中に突然俺の身体に訪れた異変は、もう俺にとっては異変とも呼べないくらい当たり前になってしまった胸の苦しさで、常にベッド脇に置いてある薬を飲んでしばらく苦しさに耐えていれば済むだけの簡単な出来事だった。(慣れてるなずなんだ、あんなの)本日何度目かもわからない寝返りをまた繰り返す。幼い頃からずっと繰り返してきたことなのに、それでも発作の後の数日間は眠ることができなくなる。ベッド脇の薬が入っている引き出しをチラチラと何度も確かめてみたり、何かあった時のためにと携帯を握りしめたり。この俺の様子に那月が気付いていないのだけが唯一の救いだと思った。
夜になると生の概念が薄れるというのは、つまりこのまま自分が死んでしまうのではないかと思うということだ。昼間の自分はいい、だって動いていて喋っていて、歌って踊って楽しくて、生きているんだという実感しかないのだから。このまま自分は目を覚まさないかもしれない、などと考えてしまう夜、それは俺を死へと引っ張っていく存在のような気がする。俺の身体を包むこの暗闇は、優しそうに見えてきっと本当はすごく冷たい。酷い発作を起こす度に、俺の目の前に現れる世界は抗いようもないほどの暗闇だった。俺はその暗闇が冷たくて怖いところだということを知っている。目を閉じて眠りにつくと、その暗闇が俺にじわりと迫ってくることも。そのことがどうにも恐ろしくて、握りしめた携帯を開いてディスプレイの明かりを見つめる。AM3:00、夜というやつはこんなに凶暴なくせにこんなにも長くもある。溜め息は、枕を抱えて押し殺した。



例え一睡もしていない人間が世の中にいたとしても、絶対に朝はやってくる。今日もまた眠れなかったけれど、太陽の光が眩しいことに安堵している自分もいて、俺は恨みと喜びの入り混じった微妙な朝を迎えた。今日もいつも通りの来栖翔で、みんなに挨拶して、歌って踊って、笑ったり怒ったり。いつも通りに動ける自分で生を確認する。そして、そんなことを考えている自分に勝手に自己嫌悪していたりもする。俺は基本的にウジウジ考えるのは嫌いだ。病気だから、みんなと違うからって下を向いて生きていたって何にも楽しくない。人よりも短いかもしれないのなら、人よりも何倍も濃い人生を送れるように努力すればいい。いつもはそう思っているのだけど……発作の後はどうも上手くいかないものだ。

(不味い、疲れた)

今はもう放課後、廊下には俺以外の姿は見えない。日向先生に課題を提出しに職員室に行くところだったのだが、普通に歩いていたはずなのに少し息が上がってきた。もう一度周りを見回して、遠くで人の声が聞こえはしないかと耳をすませて、人がいないことを確認してから静かに廊下の隅に腰を下ろした。被っていた帽子を取ってそのままペタリと床に手をつけると、その温度の冷たさから自分の身体が酷く火照っていることに気が付く。もしかしたら熱っぽいのかもしれない。入退院を繰り返していた昔は、他人より体力も免疫力もなく、すぐに熱を出す子どもだった。空手を始めて体力づくりをしてからはそんなこともなくなっていたが、寝不足がつづいて体力が落ちているのは明らかだ。むしろこのまま意識でも失ってしまった方が楽に眠れるのかもしれないな、なんて馬鹿な考えが一瞬頭をよぎったけれど、自分の身体にそんなことが起こったらそれこそそのまま死んでしまいかねない。たった一瞬のその考えが、生きていくことを自分自身で否定してしまったように感じられて、少し焦る。頭を振って自分を叱咤した、ただただ落ち着けと。

「来栖……だよな?どうした、こんなとこで」

頭の上から響いた低いハスキーボイスは、顔を見なくたって持ち主がわかるほどに俺が憧れている人物のものだった。俺の先生であり、目標である人。軽いパニック状態になっていたから、自分は彼が来たことに気付かなかったみたいだ。自分の息が先程よりは整っていることを願いながらゆっくりと顔を上げると、そこには昔から変わらない日向龍也の姿があった。テレビの中で輝き続けるこの人は、実物もやっぱり痺れるほど格好良くて、この学園に入ってからもこの人みたいになりたいと強く思う気持ちは増す一方だった。

「えっと……休憩、です」
「こんな所でか?風邪ひくぞ」

不思議そうな顔で俺をじっと見詰めるその人は、テレビや雑誌の中の日向龍也ではなく、教師の顔をしていた。いや、教師の顔というよりは父親みたいな……未熟な存在を見守り、導く人の顔を。でもこの人のこういう顔は、子ども扱いをされているようには感じないから心地良い。言葉にしたらおかしいけれど、どこまでも対等な教師な生徒という関係。

「お前寝不足だろ。肩貸してやるから寝ろ」

仕立ての良さそうなスーツが汚れることも意に介さず、彼は俺の隣にその逞しい身体を落ち着かせた。こうして並んで座っているところを端から見ると、大人と子どもにしか見えないのだろうなあと思うと、この人に甘えることを恥ずかしがることが逆に不自然な行為のようにも思えてくる。この人はそういう素振りを見せずに俺を甘やかすのが上手いのかもしれないと頭の片隅でぼんやりと思いながら、存在感の大きい肩に頭を預けた俺の意識は、驚くほど早くフェードアウトしていったのだった。



(夜明けを知らせる太陽よりも、貴方の方がずっとホッとする)



* * *

龍+翔をイメージして。翔ちゃんはプリンスたちの中で一番鉄壁なメンタルの持ち主だと思っているのですが、たまには弱くなることもあるだろうなあと。恐怖を感じない強さじゃなくて、恐怖に打ち勝てる強さを持っているのが翔ちゃんだと思うので、結構こういう葛藤が内側であるのではないでしょうか。龍也さんは翔ちゃんが具合悪いのくらい授業中に気づいてると思います、イケメン。
お題はTV様からお借りしました。
20120219

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