訪問はいつも突然


*まだ付き合っていないトキレン。二万打企画小説です。













彼が私の部屋を訪れるのは、本当にその時の気分によって決められることらしい。いつの間にか部屋に上がり込んでいて、気が済めばフラリと出て行ってしまう様は、まるで気まぐれな猫のようだといつも思う。そう、神宮寺レンは綺麗に毛並みを整えられた、それでいて人間に媚びたりしない血統書付きの家猫に似ていた。彼が大勢の女性に愛を振りまく様子を他人に媚びていると思う輩もいるのだろうが、それは彼の表面だけを見ている人間の言い分だ。彼は決して他人に媚びない、それを気高いと思うか用心深いと思うかは、またそれぞれの価値観によるのかもしれないが。

「急にイッチーの作った料理が食べたくなっちゃって」
「……私の料理は四ノ宮さんの料理ほど刺激的ではありませんよ」
「たまにはいいよ、あれ、イッキは?」
「音也は今日は遅くまでレコーディングルームにいるそうです」

急に人の部屋にやって来たかと思えば、ご飯を作れと強請る。なんて自分勝手な友人だろうと思わず溜め息を吐いてしまうが、それでもそれ以上文句を言わない自分はこの男に甘いのかもしれない。甘いというか、敵わないというか。彼は理論を並べ立てて話す私と対等に、時には私を上回るほどにしっかりとした男であった。打てば響く、とでも言えばいいのだろうか。理論にはそれ相応の理論で返ってくるし、ちょっとした嫌味もしっかり嫌味で返ってくる。理知的なジョークも上手い。だからなのかはわからないが、彼のことは心の何処かでしっかりと認めている自分がいる。突然部屋に来られてもあまり怒らないのは、きっとその相手が彼だからなのだ。と、私らしくない曖昧な理由で自分自身納得してしまっているところがある。
ソファに座って大人しく食事ができるのを待っているレンは、私の本棚から勝手に本を物色して読んでいるようだった。これも割といつものこと。レン以外の人間にそんなことをされれば私は恐らく怒るのだろうけれど、何故かレンのことは放っておける。彼は他人との線引きを上手にこなすことのできる人だから、そのことに安心しているのかもしれない。(本当に、不思議な人間だと思う)
「できましたよ」と作った料理を持っていくと、レンは嬉しそうに目尻をグッと下げて笑った。たまに見ることができるこういう仕草は、猫というよりむしろ犬に近いのだなと思う。そういえば彼は音也とも仲が良いが、その二人が楽しげに会話をしている姿は犬が二匹に見えなくもない。まったく、つくづくよくわからない人間だ。「たまーにこの野菜だらけのディナーが食べたくなるんだよね」と言うレンは何だか嬉しそうで、私より年上であることを一瞬忘れてしまいそうにもなる。

「そういえば、久しぶりにこんな早い時間にディナーを食べたよ」
「夜九時以降に食事を取るのは避けた方がいいですよ」
「ああ……俺はいつもそんな感じかな」
「貴方は生活が不規則すぎるんです、改めなさい。聖川さんが嘆いていましたよ」

「はいはい」と言いながら少し肩を竦めてみせるレンは、注意されているにも拘らず笑顔を浮かべている。そして、私の作った食事を食べる作業に戻る。こうして見ていると、矢張り財閥の御曹司と言ったところか、彼はとても上品に食事を取ることに気づかされる。箸の使い方や、食事を口に運ぶ仕草なんかもすべてが気品に溢れている。当然のように、ナイフとフォークの使い方にも慣れているのだろうなと予想がついた。それ程気品を感じる仕草をしているのに、レンは本当に美味しそうにものを食べる。食べる量が割と多いということもあるが、気持ち良く料理を食べてくれるので作る側としても悪い気はしない。そんなことを考えながら食事を進めていると、ふとレンが先程の会話の続きを持ちだす。

「イッチーは叱り上手だよね」
「……どういう意味ですか?」

正直、あまり誉められているとは思い辛い言葉だと思う。

「そのままの意味だけどね。同じことを聖川に言われると、どうも小言臭いというか。その点、イッチーに叱られるのは悪い気がしない」
「……はあ」
「いい父親になりそうなタイプだよね」

そこまできてやっと、どうやら自分は誉められているらしいと気付くことができた。でも、その後にレンが続けた言葉で、私の心はまたグルグルと惑うことになったのであるが。

「イッチーが俺のダディだったら良かったのにね」

何でもないことのようにそういうレンの瞳は、微かに揺れているように感じられた。そして私は、彼がこの部屋を訪問するのが単なる気まぐれではないことを知ったのである。きっと、彼が私の元を訪れる時はどうしようもなく寂しい時。誰かに叱ってもらいたい時。

「……馬鹿ですね」
「ん?」
「私は貴方の父親ではないですが、貴方がだらしない時はしっかり叱りますよ、これからも」

だから安心してください、と心の中で付け加えた。

「……ありがと、イッチー」

そう言って何だか困ったようにはにかんだレンは、甘えるのが下手な幼子のようだった。誰にも甘えることが出来ないのなら、せめて私が叱ってあげますからと、強く思いながらゆっくりと食事の続きを始めたのだった。



(突然の訪問には、愛ある叱咤を)



* * *

企画に選ばれた一人目はトキヤでした。ファンブックネタから、トキヤに叱られたいレンと、美味しそうにご飯を食べるレンをずっと書きたいと思っていたので書けて良かったです(^^)この二人は付き合っていなくても分かり合えてそうですね。
お題はTV様からお借りしました。
20120206

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