Cherry Storm


*付き合っている音翔。翔ちゃんが弱めですので注意。一万打企画小説です。













「ねえ、俺お花見したいっ!」

出番待ちの楽屋で、何の前触れもなしにそんなことを言うのは大抵音也だ。音也は鏡に向かって、テレビに映るとよく映える赤い髪を手櫛で整えていたのだが、こいつが唐突に何かを叫ぶのはもう日常茶飯事になってしまっているから、誰も驚かない。音也の声に律義に顔を上げる奴らもいれば、トキヤなんかは読んでいる台本から目を離すこともなく無視を決め込んでいる。(この収録の後に、ドラマの撮影があるらしい)

「お花見か、いいね。俺はどうせならレディと行きたいからパスだけど」
「僕はしたいですっ。学園にいた頃もみんなで集まってやりましたよね」

そうやって、まず音也に返事をしてやるのは決まってレンと那月だった。レンは何だかんだ言って音也を可愛がっているようだし、那月はそういう楽しいことに目がないから、納得といえば納得で。そうすれば、少し様子を窺っていた聖川がそろそろ口を開く頃だ。

「懐かしいな、まだあまり時間も経っていないのに酷く昔のことのように感じる」
「お前は本当に、言うことが年寄り臭いね」

俺の予想通りに聖川が発した言葉を、レンが可笑しそうに茶化すのも見慣れた光景。そして、沈黙を守っていたトキヤがとりあえず場を纏めるのまでが、俺たちの日常。

「全員のオフを合わせるなど至難の業ですからね、音也は我慢しなさい」
「ちぇー、そうだよね。忙しいもんね」

そう言って拗ねたように唇を尖らせたかと思うと、その顔は面白いようにくるくると変わって、何かを思いついた顔から満面の笑みになって俺を見つめる。目があったら、さらに嬉しそうに目を輝かせて、小さく頷いてやると白い歯を見せてニッと笑った。暗黙の了解、というやつをして何だか胸がこそばゆくなる。明日は俺と音也のオフが珍しく重なる日だ。たまの休みを好きな人と二人で過ごすことができるのを純粋に楽しみだと思う。明日の予定は、お前とで決まり。



「うおっ、綺麗だけど風強いなー」
「そうだねー……せっかく咲いたのに散っちゃうね」
早乙女学園の広大な敷地内にある桜並木を、二人で他愛ない話をしながら歩く。卒業してからは、こうやって学園をゆっくり歩くことなんて皆無に等しかったから、何だか感慨深いような心地になる。道の両端に並ぶ桜の木々は見事に花開いているけれど、風がすごいせいか、授業中だからなのか、俺たちの他に人影は見当たらなかった。楽しそうに鼻歌を歌いながら隣を歩く音也と桜を交互に眺めると、まるで出来過ぎた恋愛映画のワンシーンみたいだ、と柄にもなく恥ずかしいことを考えてしまう。らしくない、と思いながらも音也なら当然のように口に出しそうなセリフでもあるなと思った。俺の恋人は基本的に恥ずかしいことを平気で言ってくるから性質が悪い。そんなことを考えていたら、ふと斜め上の方から視線を感じて、見上げると音也が笑いながらこちらを見ていた。

「……何だよ」
「翔、頭にいっぱい花びらついてるよ」
「え、マジ?とって!」

「笑ってないでとれよ!」と少し声を荒げながら、頭をわしゃわしゃと掻き雑ぜられて、はたと気付く。

「……お前の頭も見事にピンクだけど」
「えっ!」

本気で驚いている音也が可笑しくて、俺は声を上げて笑ってしまった。自分で頭の花びらを懸命に払う音也を見て、俺がもっとでかかったらとってやれるのに、といつまでも埋まらない身長差を恨んでみたりする。こんなことで拗ねるのは子どもだと思うけれども、やっぱりもう少し子どものままでいたいからまあいいか、とも思う。だって、俺たちはまだまだガキだから、こんなくだらないことがすごく楽しい。そんなことを考えていたら、急にある別の思考が俺の頭を支配して、楽しい気持ちは空気を失った風船のように萎んでいく。俺は、大人になんてなれるのだろうかと。人はみんな平等に年をとるけれど、いつまで年をとり続けられるかはわからない。寿命という点において神様は不平等を作った。「20歳まで生きられないかもしれない」なんて、そんな言葉は非現実的だったあの頃に比べると、今はその言葉が妙に現実味を帯びてくる。昔よりは格段に丈夫になった。発作だってほとんど起きない。それでも、人より長くは生きられないかもしれないと医者に突き付けられた予測は、ずっと俺の胸の中で燻り続けていることは確かで。もう、音也といっしょにこんな風に桜なんて見られないかもしれない。音也はこんなこと考えたことはないのだろうと思った。こんなことを考える俺は、やっぱりみんなとは違うんだろうか。弱いんだろうか。風に舞い散る桜の花びらは、こんなに綺麗なのにどこか死を連想させる。この状況も、俺の不安を助長させているのは間違いなかった。

「翔……?どうかした?」

急に大人しくなった俺を不思議に思ったのだろう、音也が俺の顔を覗き込む。その顔があまりにも優しすぎて、もう駄目だった。ごめんな、音也。いつもは一人でも平気なんだけどさ、今は隣にお前がいるから、ちょっと甘えたいのかもしれない。ちょっとだけ、抱きしめられたいかもしれない。

「っ、翔?ね……大丈夫?」

何も言わずに抱きついた俺に音也はもちろん驚いていたけれど、戸惑いながらもすぐにギュッと抱きしめ返してくれた。その身体は暖かくて、ああ生きているんだなと安心する。いつまで俺のこの心臓が動いていられかなんて、そんなの誰もわからないのだけど、お前がこうやって抱きしめてくれている内は大丈夫なような気がした。

「キレーだねえ、翔」
「……そうだな」

本当に綺麗、すごく綺麗で、今まで一番優しい風が吹いた。こんな桜をまたお前と二人で見られるのかななんて、そんな風に不安になってしまう時もあるけれど。お前の温もりを感じたらまた前を向いて歩けるから。いつもの来栖翔になれるから。だから、



(今だけ、ちょっと寄りかからせて)



* * *

うちの来栖さんは男前ばかりなので、たまには誰かに甘えさせてみようと思ったら何だかちょっと重たくなりました。でも音翔はこういう「ほのぼの切な甘い」感じも似合うと思います。あ、時期外れというのは自分が一番よくわかっています←
翔ちゃんは恋人にも自分の身体のことを話さなさそうですが、きっと音也は薫くんに聞いて知ってたりするんだろうなあと思います。
20120127

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