馬鹿で結構です


*付き合っている翔レン。一万打企画小説です。













休日のショッピングモールは、人で溢れかえっていた。学園から程近い場所に建つそれは、連休の時には近くに軽い渋滞が起きるくらいには大きな複合施設だった。学園の前から無料バスが出ていることもあって、早乙女学園の生徒が外で買い物をする際にはここを利用することが多い。かく言う俺もその内の一人で、買い物が趣味な俺はよくここを訪れていた。今日は何かのイベントにでも重なっていたのだろうか、いつもよりも人の数が多いような気がする。親子連れが多いようだが、人気のヒーローショーでも開催されるのだろうか。そんなことをぼんやり考えていた俺は、ふと隣を歩く存在を人ごみのせいで見失ってはいないかと確認する。俺から少し離れた場所を歩く派手で人目を惹く男は、人ごみが似合わないながらもきちんとそこを歩いていた。道行く年頃の女なら誰もが振り返る、目の覚めるような顔立ちを持った男は神宮寺レン。レンが女の子相手ならともかく、こんな風に男と出かけることは珍しいことだと誰もが驚くかもしれないが、俺たちが二人で出かけるのはこれが初めてではない。「レディとのショッピングでは、レディの買い物しかしないんだよ」というこの男は、自分のものを買う時に気まぐれに俺を誘う。それは、一応俺たちが付き合っている者同士であるからなのだろうか、レンの本心はよくわからない。
最初に好きになったのは俺の方だった。俺の中で神宮司レンという人間は、どこか放っておけないような存在で、あれこれと世話を焼いたところから始まって。周りが呆れるくらい甘い言葉で女の子たちを虜にするこいつが、驚くくらい自分自身に関心がなく、何の期待も持てないでいることを知った。全てを諦めているようなレンの生き方はどこか刹那的で、さらに少し自虐的でもあるように感じた。俺はレンがどうして自分をそんなに大切にしないのかがわからなくて……というよりは、そんなレンが許せなくて、おせっかいを続けているうちにあっという間にレンにハマっていた。こいつは俺が幸せにしてやりたい。思いっきり笑わせたいし、思いっきり泣かせてやりたい。「好きだ」と告げると、レンは「そうなんだ」と言ったきり、何も言わなかった。「だから傍にいてもいいか」と聞くと、困ったように目尻を下げて「物好きだね」と笑った。その顔は俺を拒否している顔ではなかったし、何だかんだ隣にいてやると嬉しそうな素振りを見せるから、明確なものなどなくても俺たちは付き合っているのだと思う。それでも、俺は構わなかった。(白黒つかないのは本来好きじゃないけど、レンはデリケートだから仕方がないとも思う)

そんなレンが、急に道を塞がれでもしたかのように不自然に立ち止まったから、俺も歩くのを止めた。一瞬驚いた顔をしたレンの顔は、すぐに困り顔へと変わる。レンの目線を追って俺も目線を下に下げると、そこにはレンの足にしがみつく子どもが見えた。レンの足元に縋りついてすすり泣いているような声を上げているのは女の子のようで、常識的に考えて、この人ごみで迷子になってしまったのだろうということがわかる。レンは屈んでその小さな女の子を覗き込みながら言った。

「こんにちは、小さなレディ。迷子になったのかな?」
「……パパとママが、いないの……」
「そう、じゃあお兄さんがダディたちのところに連れて行ってあげる」

レンはとてもじゃないが子ども好きのようには見えなかったので、その行動に俺は少し面喰った。女の子と同じ目線に合わせて優しく笑うその様子は、子どもの面倒を見ることに慣れているようにも見える。レンの言葉に安心したのか、女の子も少しずつ泣きやみ始めていた。

「驚いた、お前子ども好きだったのか?」
「いや、別に。ただ、子どもでもレディはレディってことだよ」

「扱い方は同じってこと」とまるで歌でも歌うかのように流れる口調でそう言ったレンは、成程いつも大勢の女の子に微笑む神宮寺レンそのままだった。

「じゃ、俺が肩車してやる!迷子センターに行く前に家族が見つかるかもしれねえしな」
「家族を見つけるって名目なら、俺が抱っこしてあげた方が良さそうだけどね」

俺をからかうように言うレンに言い返してやろうと思ったけれど、その女の子が何も言わずにレンの服を掴んだから、その言葉は吐きだされることはなくなってしまった。流石は神宮寺レン、幼児と言えども女の求心力は高いというわけか、と心の中で一人呟く。

「レンお兄ちゃんはパパよりおっきいねー」
「そうかい?杏ちゃんはあったかくていいね」

そんな会話を交わして仲が良さそうにしている二人を横目で見ながら、俺は昔薫と二人で迷子になった時のことを思い出していた。ばあちゃんを見失って大泣きする薫を窘めながら、手を引いてばあちゃんを探しまわった。大変だったし、その時は怖かったけれど、懐かしくてどこかあたたかい思い出。

「あ、パパとママだー!」

やはり両親も迷子センターに向かおうとしていたようで、案外あっさりとその子の家族は見つかったのだった。俺たちに何度も礼を言い、そして家族三人で手を繋いで去っていくのを眺めながら、俺はレンが酷く寂しそうな顔をしていることに気が付いた。俺でなければ見落としていただろうと思われるほどの小さな変化だ。いつもの笑顔ではない、ほんの僅かだけ下を向いているような沈んだ顔。複雑な気持ちなのだろうな、と思った。俺には、こういう時に思い出せる大切な思い出がある。でも、レンにはきっとそれが一つもない。両親と手を繋いで家へと帰ることは、レンにとっては望んでも手に入らなかったもの。レンの知らない「家族」という存在。手に入らないものに憧れる気持ちなんて、誰もが当たり前のように持ち合わせている感情で、諦めることを繰り返しているレンだからこそ、その感情は人一倍強いのだということを俺は知っていた。

俺は男だ。レンも男だ。俺たちは結婚もできないし、子どもを作ることもできない。それは「家族」を作れないことと等しい。男同士なんて、どうしようもないくらいに非生産的な愛だから何も生み出せない。でも、プラスにはなれない分、お前のマイナス部分を俺が埋めてゼロにしてやりたいと思った。いつだって「俺は欠落だらけだ」と笑うお前を、俺が埋めるから。俺が傍にいてやるから。そんな思いを込めて、立ち竦むレンの手をギュッと握った。「手、つないで帰ろうぜ」と。そうするとレンは泣きそうな顔でふわりと笑って。

「本当に物好きだと思うよ、オチビちゃんは」
「お前のことが好きなだけだよ、バーカ」
「馬鹿はそっちでしょ」

そんな軽口を叩きながらも、そっとレンが手を握り返してくれたから、俺はやっぱりずっとレンを好きでいようと思えるのだ。



(馬鹿で結構です。だから、隣にいさせて下さい)



* * *

翔「お前のことは俺が幸せにする!」レン「好きにすればいいよ」みたいな感じの翔レンが書きたかったので、こんなものができました。レンは素直に言わないだけで、かなり翔ちゃんに救われているんだろうなあと。というか、自分が素直になると翔を縛ってしまうだろうとか考えてそう。俺が重くなったらいつでもどこにでも行っていいんだからねとか思っている神宮寺をイメージして書きました。あまり甘くなくてごめんなさい←
最後の一文は「確かに恋だった」様からお借りしました。
20120126

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