俺がお前を泣かせるから


*翔レン♀です。春←マサ←レン♀←翔で、マサ春が付き合っています。













聖川が春歌と付き合い始めた、と聞いたのは、その二人が交際を始めたその日の内のことだった。聖川と春歌は学園時代からのパートナー同士で、ただの仲間とは思えないほどに親し気であったから、いつかはそんな日が来るのだろうなということはきっと周りの誰もがぼんやりと思っていたことだろう。俺だって、時間の問題であると思っていた。本来ならば、アイドルである聖川と事務所お抱えの作曲家である春歌の交際は世間の目から見れば立派なスキャンダルであり、全力で隠されるべき事柄である。それが、その日の内に二人と特別仲の良いアイドル仲間に知らせられたのは、聖川の意向であるという。恐らく、その意図は春歌を守るため。俺たちならば他に口外することはないと信頼できるということ、もし春歌に何かがあっても俺たちがフォローすることができるようにという、春歌にどこまでも甘い聖川らしい考えだと感じた。電話で知らせられたその事実は、誰もが祝福しただろう。そう、誰もが。きっと、あいつも……レンも。
レンは学園時代から……いや、そのずっと前から聖川に思いを寄せていた。レンは男なら誰もが振り返る、目の覚めるような美貌を持った女で、この世の全ては自分の思い通りになるとでも言いだしそうなほど恵まれている奴だった。……それは、あいつの上っ面だけを見た場合、だけど。仲が良くなればなるほどに、レンの弱さは露呈していった。踏み込まれることを恐れて仮面の笑みを浮かべていることだとか、不器用すぎて本当に好きな奴には何も伝えられないことだとか。(そんな弱さを見せてくれたのは、多分俺にだけだったと思うけど)そんなレンを、俺はいつも一番近い場所で見てきた。それは、今も昔も変わらない。



来るだろうな、と思って寮の部屋の鍵をわざわざ開けておいた。案の定、インターホンも鳴らさず、ノックもせずにふらりとやって来たのは今をときめく人気モデルの神宮寺レンで。カメラの前では挑戦的に、時に艶美に笑うこいつが、まるで捨てられた猫みたいな情けない顔をして俺を見ている。いつもは一閃綺麗な蒼の瞳が、今はガラス玉のように鈍く光っていた。俺は、こいつが俺の前で泣くのだろうと思っていた。泣いて、縋ってくるのだろうと思った。いや、心の底では泣いて欲しかったのかもしれない。俺に、俺だけに、縋って欲しかったのかもしれない。

「辛いのか…?」
「………」
「でも、笑って、おめでとうって言ったんだろ?」

わざと、こいつにとって痛いことを言ったのは、学園時代からどんなことがあっても頑なに泣こうとしないこいつを、泣かせてやりたいと思っていたからだった。「私にはね、泣くってことはすごく難しいの」、と困ったように目尻を下げて笑うレンはいつでも傷ついているように見えた。「聖川は、私は強いっていうから」「だから、私は大丈夫だと思う」それを聞いた時、カッと頭に血が上って思わず聖川を殴りに行きたくなってしまったことを覚えている。こんなに傷だらけで生きるレンの、一体どこを見てそれを言うんだと。俺なら、そんなことをさせない、いつでもこいつが辛い時に泣かせてやるのにと。そう固く誓って今日までレンを見てきた。それなのにこいつは、

「……当たり前でしょ?」

あぁ、笑うんだ、こいつは。俺の前でも無理して笑うんだ。声にならない声は、こんなにも悲鳴をあげているのに。聖川の前では流せなかった涙を、俺の前でも見せてくれない。どうして素直に縋ってくれないんだろう。そうしたら、俺の想いを伝えて、無理矢理にでも俺のものにしてさ。すべてを忘れさせてやれるのに。それなのに、どうしてそんなに泣きそうに綺麗な顔で、お前は笑えるんだろうな。俺はどうしようもなくて、レンをきつく抱き締めた。俺よりもいくらか背の高いレンなのに、その身体は華奢で力を入れすぎたら簡単に折れてしまいそうで不安になる。その細い身体は僅かに震えていて。昔も、泣きたいのに泣けない時、いつも肩を小さく震わせていたことを思い出した。その時はこうして抱き締めてやることさえしなかった。そうすることは、必死に聖川を思うレンの気持ちを裏切る行為のような気がして。でも今は、今ならばきっと。カタカタと震えている肩に手を伸ばして、もう一度強く抱く。お前はどうして自分を追い詰めてしまうんだろうな、自虐的なのはこっちまで痛くて見ていられない。

「…っ、はなして…、翔…」
「嫌だ」
「っ、はなしてよ!!」

なあ、どうしてそうやって弱さを隠す?どうして俺の部屋に来たんだよ、俺に縋るためじゃないのか?誰の前でも強がるから、「お前は強い」なんて言われるんだよ。せめて俺にだけは、その弱さを全部曝け出して欲しいんだ。「はなして」と腕を突っ撥ねるレンの力は、全力を出しているのだろうけれどとてもか弱くて、ああ女の子なんだなと実感した。お前はもっとちゃんと、俺が男であることを知るべきだ。そう思いながら、暴れるレンの腕を引っ張って近づける。背伸びをしないと届かないのは癪だったけれど、勢いをつけて、グロスを付けているわけでもないのに紅く色づく唇に自分の唇を重ねようとした。驚きで見開かれたレンの瞳は、勢い余って歯がぶつかってしまったせいで一瞬痛みに細められたけれど、そんなことは構ってなどいられなかった。重ね合わせた唇までもが震えているように感じられたけれど、それは俺が想像していたよりもずっと柔らかくて、まるで酷くデリケートなレンの心のようだと思った。ただ唇を合わせるだけの拙いキスをどれだけしていたのかなんてわからない、でも時間が経つ内にレンの震えは治まっていった。

「ずっと好きだったよ、お前のことが」

キスをした直後、顔が近いそのままの距離で呟いた。レンの吐息すらも感じる程の距離は、どうしようもなく俺の鼓動を高鳴らせたけれど、伝えなければ想いが溢れてしまいそうだったんだ。

「だから、これからは俺の前でたくさん泣いて……くだ、さい」

格好良く決めてやろうと思ったけれど、長い間したためすぎていた言葉は口から出る前に迷子になってしまったようで、驚くほど締まりの悪いものになってしまった。それでも俺はお前から逃げない、と見つめたお前の綺麗な瞳には今まで見たことがないほどの涙の粒が溜まっていて、その5秒後には大雨のように流れ出すのであった。今までの分も、たくさん泣けよともう一度抱きしめて背中を撫でる俺に、「気付かなくてごめんね」と謝るお前は、泣きじゃくっているのに、とても幸せそうに見えたことが嬉しかった。



(これからも、俺がお前をたくさん泣かせてやろうと決めた日)



* * *

普通の恋愛話ならば、他の男に泣かされ続けてきた女の子を「俺なら泣かせたりしない」と言うものだと思います。でも、その逆を行くのが神宮寺という人間で、その難しさにすごく惹かれる私がいます。ずっと書きたかった話が書けて大満足。翔レン♀の身長差と拙すぎるキスも書けたので、楽しかったです!つくづく私は春←マサ←レンが好きなんだなーと思いましたw
20120114

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