The day fine too much
*マフィアパロでレン翔レンです。死ネタなのでご注意ください。
まるで水に溶かした絵の具をぶちまけたかのように、真っ青な空だった。綿菓子のように白い雲が数個、勝手気ままに泳いでいたことが、その綺麗な青の中で酷く印象的であったのを覚えている。それは、とてもとても、晴れた日だった。その日を思い出していた。
それなのに、今日の雲はどこまでも厚く、テレビ画面の砂嵐のように不快な灰色だった。それは、まったく動かずに群れてひしめき合っている。あの日とは違うな、真逆の空だ、と首が痛くなってくるほど見上げながらぼんやりと思った。俺は今一人、海が見える小さな丘にいる。今は天気のせいか波が荒れているけれど、普段はとても穏やかで優しい海だ。この丘からは、その海の近くに立てられた小さな墓が並んで見える。墓の前に行く勇気が出ないことだけが、あの日と同じだった。一年前のあの日と。
「翔ちゃん、レンくんがっ……!!」
単身、任務に出ていたレンがアジトに帰って来たときには、すでに殆ど息がなかった、らしい。俺は二階で一人、普段はしないデスクワークに打ち込んでいた。確かその時はトキヤが忙しくて、それを手伝うために苦手なデスクワークに取り組んでいたのだった。(驚くほど進まなかったっけ)そんな中、慌てた様子で部屋に駆け込んできた那月の言葉に背筋が凍る思いをした。慌てて駆けて行った先には、まるで何事もなかったかのようにいつもの飄々とした様子で、誰の手も借りることなく一人で立っているレン。何だ、那月の悪い冗談か、と一瞬緊張を解いたのも束の間で。あんなにいつも通りに見えたのに、それなのに、俺がそばに駆け寄った瞬間にレンが倒れたことが、スローモーションのようにゆっくりと感じられたのを今でも覚えている。
いつも優しげに目尻を垂らして笑っていた目は、もう開いていなくて。高く澄んだ秋晴れの日の空のような青い瞳は、俺の顔を映すことはなかった。ただ、小さく「ごめんね」と。いや、声は聞こえなかった。唇だけが微かに動いていた、でもきっとレンはその時、俺に謝ったのだ、確かに「ごめんね」と。もうすでにレンの体は冷たかった。でも、体に纏わりつく血だけはやけにあたたかくて、俺はレンがまだ生きていると錯覚をした。だから、ずっと名前を呼んだ。ずっと、呼んでいた。喧しく起こしたら低血圧なこいつは怒るから、いつもみたいに静かに呼んだ。
「レン……起きろって。なあ、レン」
そんな俺に那月が、同じように静かな声で告げた。
「翔ちゃん、もう、レンくんはきっと起きないんだよ……」
「……?だって、まだ、こんなにあったかいのに」
那月は、「冷たいよ」とは言わなかった。
「うん、あったかくても……もう起きないんです」
俺は、レンが死んでしまったことを、知った。その事実は非現実的すぎて、俺はちっとも泣けなかった。レンの葬儀は、ファミリーの仲間内だけで、ひっそりと行われた。みんなが泣いていた。ボスも、日向さんも、月宮さんも、音也も、聖川も、那月も、トキヤも。それでも俺は、涙ひとつ流れなかった。葬儀が終わって火葬の時が来ても、俺はそこに行かなかった。遠くから、晴れた空にのぼっていく煙だけをただただ眺めていた。瞳は、乾いていた。煙になったレンは、あいつの瞳と同じ色した空にのぼって、それから何処に行くんだろう?今、何処に居るんだろう?
今日の濁った空を見上げながら、一年前のその時と同じことを考えていた。レンは今、何処に居るんだろう?「俺はずっと一人だったからね」と寂しそうに笑っていた、またあの時と同じ顔してたった一人でいるのだろうか?そんなのは悲しすぎる、あいつは俺がそばにいないと駄目なのに。それまで動かなかった雲が、とうとう雨になって俺の上に落ちてきた。また違うことを一つ思い出した。別によく昔のことを覚えている方ではないけれど、この思い出はよく記憶に残っている。それは、「もしも」の話を滅多にしないレンが、一度だけした「もしも」の話。
「もし俺が死んでしまっても、オチビちゃんは泣かないんだろうね」
「……何で」
「何でだろう。……ああ、だって俺はオチビちゃんが泣いたところを見たことがないもの」
「俺は、強くなるために、もう泣かね―って決めたから」
「うん、俺はそんな強い翔が好き」
でもその後、お前はポツリとこう続けたんだ。
「でも、もし翔が俺のために泣いてくれたらさ、それは嬉しいことかもしれない」
あぁ、レンとのすべてのことは、もう書き換えられることのない思い出になってしまったんだ。そう思うと、胸がギリギリと痛むくらい悔しかった。どうしてあの時、一人でレンを任務に行かせた?レンとツーマンセルを組んでいたのはいつも俺だった。俺はバカで向こう見ずなところがあるけれど、俺が敵に近づいてレンが後ろから上手く援護してくれて、そうやって2人でいくつも任務をこなしてきたはずだった。デスクワークが目もあてられないくらいに溜まっていることを知っていたレンが、「オチビちゃんはイッチーのお手伝いをしておいで」って、普段は薄情そうに振る舞いながらも本当はいちばん仲間思いなお前がそう言って。あの時どうして、俺はあいつをたった一人で行かせてしまったんだろう。この1年で、何度も何度も繰り返してきた自問が頭を一杯にする。答えなんて、救いなんて、有りはしないのに。
雨がしきりに体を打っていた。俺は、ファミリーに入ってにから初めて、泣いた。あの日、あの晴れすぎてた日。今日みたく雨が降っていたなら、きっと泣けてたのに。一年遅れの、レンのための涙は、ちゃんと届いただろうか。
(とてもとても、晴れた日だった)
(泣きながら、思い出してた)
* * *
泣きたかったのに、泣けなかった翔ちゃんを書きたかったんです。泣きたかった翔ちゃんを知っていて、レンが雨を降らせてくれたんじゃないでしょうか。
死ネタから始めてしまったマフィアパロなんですが、一応色々設定とかも考えてるのでまた何か書きたいなーと思っています。背中合わせで信頼し合ってるレンと翔ちゃんのお話とか書きたい(^^)
20120102
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