恋は砂糖でできている
*トキ←レン気味です。フリリクくださったむんさんに捧げます。
放課後の教室。HRが終了してまだ間もないその空間は、今しばらく少しの喧騒に包まれつづける。練習室の予約が取れているものは足早に教室を後にするが、それ以外の、課題をするもの、友達と雑談をするものなどはそのまま教室を賑わし続けるのである。俺はその時間はいつも、ここぞとばかりに周りに集まって来るレディたちのお相手をすることになる。今までは、放課後となると個人的に約束を取り付けた(取り付けられる、といった方が正しいか)レディと学園外で過ごすことが多かったのであるが、最近はそれを滅多にしなくなった。そのためか、レディたちはここぞとばかりに俺を取り囲んで約束を取り付けようとしたり、プレゼントを渡そうとしたりと忙しないが、それを色々な理由をつけて、しかし決してつれなくは見えないように断ることが、近頃の日課になってきたのである。今日はまだ出していない課題があるから、とレディたちに告げて、俺の周りから人がいなくなった頃には教室の喧騒は大分薄れている頃である。教室内に居残る人影も疎らになり、窓からは夕日が紅くさし込むようになるこの時間、俺は一人自分の机に座って課題を広げるのだ。(言い訳に使ったネタは、決して嘘ではない。嘘の時も大半ではあるが)
課題の紙にペンを走らせながら、左手で頬杖をついて斜め後ろを見やることが、もう止めることのできない行為となってしまっている。視線の先にいるのはクラスメートであり、親友(と呼んでも許されるだろう)である一ノ瀬トキヤ。忙しそうに教室を出て行ってしまう時もあるが、それ以外は必ず、ここで本を読むことに熱中している。それは何かを待っているかのようで、恐らく練習室の予約時間を待っているのか、それとも何かそれ以外の用事までの時間を潰しているのか。どちらにせよ、いつもここで読書をしている彼は、まるで時間に無駄を作ることを心底嫌っているかのような合理的な様をして手元の本に目を落としている。そんな彼の姿を見るために、俺が放課後の時間を教室で過ごすようになったのは何故だったろうか、いやそもそもが、これほどまでに一ノ瀬トキヤという人間に自分が興味を持ってしまったのは何故なのか。それを考え始めてしまうと、いつも課題を行う手が止まってしまうのだった。
元来、自分は男も女もどちらも愛すことができる性癖を持っていた。しかし、そもそも恋愛というものには大した興味も持つことができないまま今まで生きてきたのであって、レディたちと戯れることも、街で偶然知り合った男と寝ることも、自分にとっては生活習慣の一つのようなことであった。それが、一介のクラスメートに、それも親友の男に、これほどまでに執着してしまう自分は一体どうしてしまったのだろうと、自分の異変にただ戸惑うばかりだ。さらに言えばイッチーは恐らくストレートであるだろうし、望みは薄いことは否めない。それでも、きっとこれは俺の初恋なのではないかと思う。この年になって初恋と言うのも恥ずかしい話だが、今までの自分からは考えられないほどに、何をどうすればいいのかわからないこの感情は、やはり恋なのだろうと漠然と感じるのである。神宮寺レンともあろう人間が、情けないとは思っているが、どうにもこうして見つめることしかできないままである。
「……課題、17時までと言われてませんでしたか。手が止まっていますよ」
ぼんやりと、イッチーの顔を見ながらとりとめもないことを考え続けていたら、どうやら見ていたことがばれてしまったらしい。いつの間にか本から顔を上げた彼がこちらを見つめていて、ハッと息を飲んでしまう。そのまま教室内を見まわすと、そこには俺たち以外には誰もいなくなっていて、自分はどれだけ長い間イッチーを見ていたのだろうと思うと、少しドギマギしてしまった。だがそこはこの神宮寺レン、ポーカーフェイスを崩すことなど許されない、嬉しいことか悲しいことかは微妙だが、感情を押し殺す技術には長けているのだから。
「少しわからない部分があってさ、イッチーならわかるかと思って見ていたんだけど。気が付いてくれるなんて、俺って愛されてるのかな」
「何を馬鹿なことを言っているんですか」と、呆れたように溜息を吐きながら、イッチーが席を立つ。思ったよりも日は沈んできていたようで、さっき見つめ始めた時よりも、彼の顔の影が濃くなっていることに気が付く。あまり感情を表に出さないこのクールな顔が、たまに驚くほど優しく微笑むのを俺は知っている。俺がふざけたことを言うと、いつも呆れて眉間に皺を寄せる彼が、「本当にあなたという人は……」と頬を緩めるのが堪らなく好きだった。それは何処か、母親に優しくあやされるような感覚のようだと体験したこともない感覚と重ね合わせる俺は、傍から見たら滑稽なのであろうか。それでも、彼になら俺の本質を見抜かれてもいいと思う。いや、いっそのこと見抜かれてしまいたいと思うのかもしれない。
「この部分なら、前に授業で日向さんが説明していたでしょう、こうですよ」
「なるほどね。……これならリューヤさんにどやされずに済みそうだ」
ありがとうイッチー、と続けようとした言葉は、鮮やかに夕焼け色に染め上げられた彼の顔が、微笑みながら俺を見下ろしていたことで遮られてしまった。まるで俺を慈しむかのように目を少しだけ細めて微笑むその顔。
「あなたならこれくらい問題なく解けること、私は知っているんですからね」
「……は、」
「今度は少し一緒に話しでもしましょうか。あまり見つめられては穴が開いてしまうかもしれませんので」
それでは私はこれで、と去り際にイッチーがさらりと俺の髪を一房とって、それに口づける。その様はまるで、古い恋愛映画に出て来る王子様のようでいて、俺の目には鮮烈なほどに新しく焼き付けられる。荷物を持ってイッチーが教室を去っていった瞬間、その髪をとって自らの口元にそっと近づけてみる。それは何故かほのかに甘いような気がして、恋は砂糖で出来ているのではないかと疑ってしまうほどであった。
(恋は砂糖でできている)
(カロリー高めだけど、受け取ってもらえるかな)
* * *
トキヤのことが大好きなレン様でトキレン、とのリクエストだったのですが、激しくトキ←レンになってしまいました……。私の頭の中では相思相愛なんですが←
トキヤってトキ春の時は春ちゃんへの愛を全面に押し出す恥ずかしい男ですが、トキレンの時はもう少しツンデレっぽいのも好きです。プリンスたちの中でいちばん意地悪なのはトキヤだと思ってますwwそして本当の恋に気づいたら純情なレンも大好物なので、書きたいものを書いたら自然とこんな話が出来上がってしまいました。髪の毛を触られると気持ちいいので好きという女の子は多いと聞きますが、レンもそうだったら可愛いなあという思いをこめて。
タイトルは「確かに恋だった」様からお借りしました。
20111224
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