幸せの小道
*付き合っているマサレン。少々過去話を捏造しているのでご注意ください。フリリクくださった二人静さんに捧げます。
幼いときのことは馬鹿みたいに覚えている。小さな俺に覆いかぶさるように大きくそびえ立つ邸も、何もかもが自由にならない生活も。それなのに余計なものばかりが嫌になるくらい与えられていたような気がするが、今となっては全てが当たり前になってしまい、それが余計なものなのかもわからなくなってしまった。ただ確実に言えることは、俺は聖川家の嫡男として在るべき姿になるように教育されて生きてきたということ。俺の世界は、いつだって綺麗に四角く切り取られていた。それ以上大きくなることも、小さくなることも許されなかった。それは、憂鬱になるような灰色の世界。何度逃げ出したいと思ったことだろうか。もっとも、その時の俺には逃げ出す勇気などなかったし、そんな自分の生き方が最善なのだと思うように努力をしていた。それでも、心の中では自分はいつか自由にすべてを叶えられるといつまでも信じていた。前にひたすら走り出す、その勇気があれば大丈夫だと思っていた。しかし、俺は気付いていなかったのだ。すでにもう狭くて息苦しい籠の中につなぎ止められていたこと。いくら飛び立とうと足掻いても、帰る場所は決まっていたことに。
そんな俺に希望を与えてくれた、目が覚めるくらい鮮やかな人間に出会ったことを、今でもまるで昨日のことのように覚えている。
「ねぇ……お前、退屈じゃない?」
「……」
「話せないなんて、人魚姫みたいだな。まあいいや、いっしょに行こう!」
子どもの俺が言葉を紡ぐことができなかったのは、人見知りであったことも理由の内ではあるが、決してそれだけではない。俺のことを人魚姫のようだと揶揄したその少年の方が、まるで絵本の中のお伽話に出てきそうなほどに鮮明な橙の髪色をしていたことに驚いていたからであった。吸い込まれそうなほどに綺麗な青色をした瞳は生命力に満ち溢れていて、何て魅力的なオーラを放つ少年だろう、と子どもながらに感じていた。立場上、人の上に立つ人間と顔を合わせる機会の多い子ども時代であったが、そんな大人たちの誰にも引けをとらないような利発そうな雰囲気をした少年であった。そして、その少年の名前は言わずもがな、神宮寺レンであったのだ。
あの頃の神宮寺は俺に向けてよく笑ってくれた。今では絶対に見せてくれないような、本当に楽しそうな顔で笑っていたのだ。その瞬間は、その笑顔だけが俺のすべてだとまで思った。その瞬間は。
でも俺は、幼いながらにもう悟っていた頃であったのだ。それはどうしても瞬間でしかなりえないということを。夢のような時間はそう長くは続かないものだ。長くは続かないからこそ、それは夢のようだと思われるのだから。楽しそうに俺の手を引いて駆け回る少年の手を、離したのは自分から。迷惑はかけたくない、もう帰る時間だから、籠の中へ。
「そうか…それじゃあ、また」
また、と言った少年を見送って、目を静かに閉じた。あの輝きを、いつも思い出せるように、灰色の中に描いた。次に目をあけたときに一番はじめに目に映った、パーティー会場のステンドグラスがキラキラ眩しいくらい光っていた。そんなところまで鮮明に覚えていた。
「気色悪いよ、聖川。ベラベラと喋られるのも鬱陶しいけど、無言でニヤつかれるのも困る」
「失礼な。ニヤついてなどいない。そういうお前は二人で並んで歩くことに早く慣れたらどうなんだ。並んで歩けないのなら、手をひいてやろうか」
「俺とお前が寄り添い合って歩いていたら気持ち悪いってことに、頼むから早急に気が付いて欲しいね」
軽口を叩き合いながら、世間一般で言ういわゆる恋人同士という関係になって一カ月かそこらの神宮寺と、学園へと向かう道を歩く。つい先ほどまで訪れていたこの街の目抜き通りは、どの店も皆一様に赤と緑の飾り付けを施し、クリスマスソングを流していた。実家にいた頃はクリスマスという行事に特別なことは何もしなかったのであるが、愛しい者にプレゼントを贈ることがクリスマスの風習らしい。恥ずかしい、どうしてお前なんかと、と出かけることに酷く駄々をこねた神宮寺を、挑発に挑発を重ねて何とか連れ出すことに成功した俺は、いつも首元の寒そうなこいつに黒いマフラーを贈ったのだった。ぶつくさと文句を言いながら、俺の半歩後ろを歩く神宮寺の首元には、早速そのマフラーが巻かれていて、そのことについ口元が緩んでしまう。
「ほらまた。最近ニヤつくことが多くないか。口元を緩くする前に、そのお固い頭を少しは柔らかくしてもらいたいんだけど」
まだ文句を続けている神宮寺の顔がほんのりと赤いのは、寒さのせいなのか、それとも自分と二人で歩いているせいだろうかと考える。後者だといい、と思いながら。
また、幼い日のあの言葉が果たされる日など、夢にも見なかったのに、それでもそれは訪れた。早乙女学園の入学式の日、突然目の前にあらわれた男は間違いなくあの少年だと感じた。確かな約束を交わしたわけでもなく、あの時は名前さえ知らなかったし、もしかしたらこの男はあの時のことなど覚えていないのかもしれない。(それは確かめたことがないから、いつまでもわからないままだ)共に過ごすようになって、あの時は俺と違ってどこまでも自由だと感じた神宮寺の抱えているものを知った。様々なものに雁字搦めになって、何一つ上手くいかない人生だと呟く神宮寺を隣で見つめてきたけれど、それでも俺は神宮寺レンという人物を「自由」であると評する。どんなに狭い鳥籠にいても、どんなに小さな四角の中にいても、神宮寺レンはその限りある枠の中でどこまでも自由で、限りない生命力に溢れた人間なのだ。あの日からずっと俺の灰色の中で光りつづけたその色は、何も変わっていなかった。
「お前のことが好きなのだから、仕方がないだろう?」
「……そういうことを、笑いながら言うのは反則だ」
もともと赤かった顔をさらに赤くさせて、それを悟られぬようにと買ったばかりのマフラーに顔を埋める神宮寺が、今度は俺の3歩先まで早足で行ってしまった。いつになったら肩を並べて歩く日が来るのだろうと思いながら、そんな日が来たなら、きっと今日の日のことを思い出して俺はまた笑うのだろうなと思った。その時、少し大人になった神宮寺はどんな反応をするのだろうか。
(飛び立てなくてもがきつづけたこどものころを思い出した)
(今日という日も、いつか幸せな気持ちで思い出せる日が来ることを願って)
* * *
これくらいラブいマサレンもいいな……!
ゲーム本編では、幼少期のことをよく話題に出したりしているのは神宮寺さんの方なのですが、聖川様の方はどうなのだろう、いやきっとすごく大切な思い出としているはずだと思いながら書きました。聖川視点はあまり書かないのですが、たまに書くとポエトリーな言葉とか平気で使えるので楽しいということに気が付きました。ツンツンなマサレンも大好物ですが、マサ春の時のような聖川さんでマサレンも大好きだと思いました(^^)
20111220
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