二人と一匹


*付き合っているマサレン。フリリクくださった皇流那さんに捧げます。













猫を拾った。自分でも呆れるくらいにベタなシチュエーションであったと思う。門限ギリギリに帰ろうとしていた、しとしとと涙雨の降る夜。道端に置かれたダンボール箱には誰かが置いていったのであろう、小振りで女性ものの淡紅色の傘が立てかけられていた。その中からは、酷く弱々しい鳴き声が聞こえてきて、小説やテレビの中でよく見るような捨て方をされた猫だな、とぼんやりと思った。自分はフェミニストではあるが、博愛主義者ではない、いつもの自分ならその猫を横目に見ることもなく通り過ぎていくのだろうと思う。しかし、その時の俺は明らかに、捨てられた子猫に自分自身を投影していた。自分を見て欲しくて、必死で鳴き声をあげる。その声に立ち止まって愛でてくれる人はいるけれど、その愛情はたった一時だけの幻影にしか過ぎないもので、また一人で愛して欲しくて助けて欲しくて鳴きつづける猫。まるで自分自身のようではないか、と思ってしまったが最後で、俺は半分濡れてひしゃげかけてしまったダンボール箱の中にいる毛玉のような子猫を抱きかかえて寮へと戻ったのだった。

だが、如何せんその猫の処遇が決まらない。つい連れてきてしまった手前、扱いに困るからといって元の場所に戻してくるほど無慈悲な人間にはとてもなれない。自らの腕の中で身体を丸める小さな猫は濡れて少し震えているようで、早急に暖めてやる必要があるようだった。かといって、聖川のいる自室にこいつを連れ込むのはどうも気が引ける、と躊躇ってしまう。聖川真斗は一応自分の恋人と呼ぶべき存在であったが、だからと言ってお互い何もかもを許しあっている関係などでは決してなく、生真面目な聖川のいる部屋に自分の我儘で動物を連れていくことはどうもあってはならないことのような気がしていたのだ。恐らく、連れて行ってしまえば小言を云いつつも面倒を見てくれるとは思うが、普段そのようなことをしない自分の行動を不審がられることが嫌であったのかもしれない。(結局、俺は聖川に弱さを見せたくないのだ)そうなると、残る選択肢は比較的仲のいい友達の部屋となり、俺はイッチーとイッキの部屋にその猫を預けることにした。まあイッチーはこれでもかというくらいお小言をこぼすだろうけれど、イッキもいることだし大丈夫だろう。

「怖くないからね」

腕の中にいる小さな命にそっと話しかける自分、なんて柄じゃないのだろう、と思いながらも、歩調は少し早くなった。結局、その猫は俺がマメに面倒を見ること、里親を急いで探すことを条件にイッチーとイッキの部屋で暮らすことになったのだった。



「ミルクは人肌……ね。このくらいかな」

あの猫を拾ってから三日ほどが過ぎた。少し衰弱していた猫もすっかり元気になって、イッキが遊んでやるとコロコロとまるで毛糸玉のように転げ回っている。イッキはミャーと鳴くから、という何とも単純な名前でその猫を「ミャー」と呼んでいたが、イッチーは頑なに「猫」と言い張っていた。(勝手に名前をつけないところがイッチーらしい)きっと拾ってきた俺に命名権はあるのだろうが、特に名前を付けてやる気が俺にはなかった。いつか里親に貰われて幸せになれるのなら、名前はその時にとっておきのものを貰えばいい。そして新しい生き方を始められたらいいと思っている俺は、矢張り自分自身とあの猫を重ねてしまっているのかもしれないと思った。

「誰が飲むのかは知らんが、そんな温い牛乳は不味くないのか」

物思いに耽っていた頭が急に現実に戻されたこと、そしていないものと思っていた人物が己のすぐ後ろにいることに驚いた俺は、ついヒッ、と間抜けな声を発してしまった。聖川と付き合い始めた当初はお互い意識してしまってぎこちなかったものだが、最近では同じ空間にいることが当たり前になってきたからか、こいつの気配に気づかないことが多くなってきたように思う。いくら恋人が相手だとは言っても、自分のパーソナルな空間に突然入りこまれることはやはり苦手で、戸惑ってしまう。そしてそんな時にはお馴染の喧嘩口調が顔を出してしまうのだから性質が悪い。

「牛乳嫌いのくせに、そんな文句を言っていいと思ってる?牛乳のこと何も知らない癖にね」
「……じゃあ逆にお前は牛乳の何を知っているのか教えてもらおうか」

どうやら今日の俺の返しはいつもの精彩を欠いていたようで、驚くほど早く劣勢に追い詰められてしまった。こんなことで動揺するなんて、と内心で自身を叱咤しながら、上手い言い訳を頭の中で組み立てては壊すことを繰り返す。

「さあ、ここ2、3日様子がおかしい理由を話してもらおうか、神宮寺」

……いっそ笑えてしまうくらいに、俺は取り繕うことができなかったようだ。



「なるほど、それで近頃よく部屋を出ていた訳か」

猫を拾ってしまった理由はさりげなくはぐらかして、イッチーたちの部屋で猫を保護していること、俺が面倒を見ていたことを告げると、聖川は何故か少し安心したような顔を見せた。「何故ここに連れて来なかったんだ」と責める言葉には、「連れて来たらそれはそれで文句を言った癖に」と返しておく。

「早くこの部屋に連れて来たらいいではないか」
「いや、今はイッチーたちの部屋に慣れているし、別にこのままでも……」
「いいから!」

珍しく声を張り上げる聖川に、ほんの少し身を竦めさせてしまう。多愛もない言い争いをする時も、ムキになるのは(不本意ながら)いつも俺の方であるから、滅多に大声を挙げることのない聖川の声は新鮮で、言葉を遮られてしまった。

「お前が他の男の部屋に何度も行くのは、どうも不安なんだ……察してくれ」

予想だにしなかった聖川の科白に、赤面してしまうのはきっと仕方のないことで。言った聖川本人でさえも顔を真っ赤に染めているのだからもう手のつけようがない。その場をどのようにしてやり過ごしたのかなんて、きっと後になっても微塵も思い出せないに違いなかった。



そして、猫は俺たちの部屋にやって来た。それと同時に里親も見つかって、俺と聖川と猫、という奇妙な共同生活は一週間という期限付きで行われることとなった。猫は聖川の丁寧に畳んであるニットの上に粗相をしたり、戸をカリカリと引っ掻いたりして大目玉を喰っていたりもしたが、俺にとっても聖川にとっても、守りたい大切な存在となっていることに変わりはなかった。何故だか心の温かくなるような、そんな日々が続いていた。
ソファに座り雑誌を読む俺の膝に、まるで定位置と言わんばかりに丸くなって眠る猫にも慣れた。動くことができなくなってしまうのは困りものだが、膝の上に小さな寝息を感じるのは存外幸せなもので、俺はそのまま雑誌を閉じて微睡み始めてしまう。もうすぐ新しい生活を送る子猫に、どうかたくさんの思いを注がれて、愛情に満ち溢れた生き方を送ってほしいと、希望という名の願いを託しながら。
その時に、聖川が部屋に入って来たことには、かすむ意識の中にありながらも気が付いていた。温かいブランケットがそっと肩にかけられたことも。

「まるで猫が2匹だな……おやすみ、神宮寺」

くしゃり、と優しく髪を撫でられたことと、頬に触れた唇の感触は、恥ずかしいから目が覚めたら忘れていますようにと思いながら眠りについた。



(猫のように気まぐれで臆病な、愛しい君へ)
(俺が愛を注いでやろう)



* * *

書きたい要素が有り過ぎて、パンクした感が否めませんが非常に楽しかったです。支離滅裂な神宮寺さん、嫉妬する聖川さん、神宮寺にゃんこを愛でる聖川さんの3本立てとでも思ってください←
神宮寺さんって捨て猫みたいだなあと書いてる途中で思いまして、それ故のあの冒頭となりました。いつも片思いなマサレンばかり書くので、付き合っているマサレンってどう書いたらいいのかよくわからなくなって困りましたww意外と仲良しな二人が好きなので、心持ち仲良しっぽく。
しばらく小説書いていなかったので、いつにもまして拙いものになってしまいましたが、書きたいことが書けて幸せでした(^^)
20111219


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