Wish


*ジョージとレンの話。シリアスです。フリリクくださったエンジさんに捧げます。













「明日、授業で演技実習があってね、泣く演技のテストがあるんだ」とレンが言った。そこで俺は、ふとある一つの思考に支配されることになる。レンはいつから泣かなくなったのだろう、というものだ。

俺はレンが生まれた時から、レンのことを知っている。こいつがこの世に生を受けた瞬間、他の赤ん坊と同じように泣きながら生まれてきたのをよく覚えている。その隣で蓮華がとても幸せそうに微笑んでいたことも、目を閉じるだけで浮かんでくるほど鮮明に俺の記憶に刻みつけられていた。赤ん坊は泣くことが仕事だとよく言われるが、まさにその通りで、生まれたばかりのレンはよく泣いた。腹が減ったと泣いたし、オムツが汚れても泣いたし、特に何というわけでもない時でも泣いていた。はじめはそのことにうんざりすることもあったが、自分が抱き上げるとそれだけで泣き止むレンを見ると少し気持ちが和らぐから不思議だった。(男にも母性というものは存在するのかもしれない)レンが歩いたりしゃべったりできるようになった頃、いわゆる乳児から幼児になった頃、わけがわからなく泣きじゃくることはなくなったが、それでも迷子になった時、転んだ時などには泣いていた。でも、駄々をこねて泣くということは記憶にない。思えば、その頃からレンは聞き分けの良い子どもだった。小学校に入学したばかりの頃からは、人前で涙を流すことはしなくなった。時たま、夜一人で布団に包まりながら泣いていたことは知っている。そんな時は、眠るまでついていてやった。でも、そこから後にレンが泣いている場面を思い出すことができない。まるでそこで物語が途切れてしまったかのように、記憶を手繰り寄せても何も思い出すことはなかった。きっとこの頃からレンは泣かなくなったのだ。そして、レンが楽しくない時でも笑顔をつくるようになったのもこの頃からだ。

「そういえば、お前は泣かなくなったな」

かなり長いこと思考を巡らせていたために、この返事はワンテンポどころか、ツーテンポもスリーテンポも遅れた間抜けな返事になったな、と自分でも思うが、答えるレンはそのことはあまり気にしていないようだった。

「泣かなくなったって……いつと比較して言っているのさ」
「お前がガキの頃の話だ。俺から見ればまだガキだけどな」

「それはそれは、」と肩を竦めてみせるレンは、子どもなのか大人なのかはっきりしない存在のように思える。肉体や人との接し方や我慢の仕方とか、そんな外側の部分はすっかり大人なのに、その内側の酷く柔らかい部分はまるで子どものように臆病な人間であると感じてしまうのは、俺がレンの抱えてきたものを全て知っているからそう見えるのだろうか。とにかく、演技実習でレンが泣く演技をするところは俺には容易に想像することはできなかった。俺が教えたおかげで外面はすごく器用なこいつのことだ、泣けと言われたら泣くこともできるのかもしれないが。それでも、俺はレンは泣かない人間だと思っていたのだ。

「泣く演技か、出来るのか?……お前は、泣かないだろう」

そう聞いた俺に、レンはまるで時間を尋ねられてそれに答えるような、今の天気を聞かれて答えるような、そんな何ともないような調子でこう答えたのだった。

「泣かなくはないよ。俺はただ、誰も見ていないところで泣いているだけさ」

その瞬間、まるで鈍器か何かで頭をしたたかに殴られたかのような衝撃が俺を襲った。それくらい俺の心を激しく打つような言葉だった。俺はレンの何を見ていたというのだろう、いや、いつから神宮寺レンという人間を錯覚していたというのだろう。レンは泣かない人間になったなどと、どうしてそんなことを思っていられたのだろうか。レンが強いように見えて、本当はとても弱い一面を持っていることなんて、俺が最もよく知っていたのではなかったか。そうやって俺が自分自身を責め立てているうちに、ふと昔蓮華と交わした会話が思い出されたのだった。

(お前は何があっても泣かないな。図太い女だよ)
(失礼ね。私はただ……誰にも心配をかけたくないから、陰で泣いているだけなのよ)

それは今までずっと忘れていた記憶だった。でも思い出して見れば、この時の蓮華と今のレンの言葉はあまりにも酷似していて、俺はどうしようもなく苦しいような、もどかしいような気持ちにさせられたのだ。ただ今俺が、こんなレンのために願うことが一つだけある。それはもう遠くなってしまった昔、俺が蓮華に望んだこと。そして蓮華が守ってくれたこと。

「お前は、絶対に笑って死ねるような人生を送れ」

人の前でも、俺の前でさえも本当の涙を流すことのないお前だ。お前が泣く時にいつも一人であるのなら、せめてお前が涙を流したくなるような出来事が少しでも起こることの減るように。いつかお前が人生を終える時、泣きたいような出来事よりも、笑顔で思い出せる出来事の方が多くありますように、と。俺はお前の親代わりなんだから、それくらいお前の幸せを願ったって、きっと許されるだろう?

「わかった。約束するよ、ジョージ。でもね、」

その後レンが続けた一言に、また俺は心臓を締め付けられたような痛みを感じることになるのだった。なぜ俺は、こいつを救ってやれないのだろうかと思うと、やるせなくなる。何が親代わりだ、何が保護者だ、と。ただお前のそばにいることしか、本当にそれしかできなくてすまないと、レンと蓮華に詫びながら、それでも俺はずっとお前を見守りつづけよう。お前がそれを望むのなら。



(でもね、俺はジョージよりも先に死にたいんだ)
(もう、家族が俺より先に死ぬのを見たくないから)



* * *

ずっと書きたかったネタをギュッと凝縮して詰め込んでみました。
前に書いたジョージとレンの話で、レンはジョージに本当の笑顔を見せるけど、ジョージの前で泣かないみたいなことを書いたので、それを発展させてみました。ジョージは自分がレンにしてあげられることと、してあげられないことをよくわかっていると思います。だから、自分がしてあげられないことをできる人間がレンに現れたらいいなって思ってそう。親子関係なんだけど、兄弟っぽくもあり、友人っぽくもあり、ジョージが蓮華さんとレンを重ねるから微妙に色々思うところもある、そんな複雑な関係なのだと思います。ジョージとレンは。
リク内容、「レンと翔の話」の方も素敵すぎて、まじでどっちで書くか迷いました……!いつかその設定でも書かせてください……!
20111123


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