おさかなになりたい猫


*23歳レン←21歳翔な話。悲恋です。幸せじゃないので注意。













まだ年端もいかない子どものとき、人はたくさんの夢を抱えるものだと思う。それは両手いっぱいに溢れんばかりで、まだ小さな掌の上でその夢をユラユラと踊らせている。俺だってそうだった。大人になったら大好きな食べ物をお腹いっぱい食べれるんだと思っていたし、空だって飛べると思っていたし。今から思えば、早乙女学園に通っていたあの頃も、俺はまだ子どもだった。もっともっと背が伸びると思っていたし、テレビの中のケン王のように強くなれると信じていた。

いつからだろう、それは全てが叶うものではないと悟って、ひとつひとつ指の隙間から砂のようにサラサラと夢をこぼしてしまったのは。大人になったら今よりもっと手が大きくなって、もっとたくさんの夢を持てるようになると思っていたのに。いつからだろう、こんなにぼんやりと、たったひとつの夢だけを握りしめるだけになってしまったのは。



俺がシャイニング事務所に所属するアイドルになってから、五年が過ぎた。成人式を終えて、やっと法律的にも大人と認められるようになったけれど、芸能界という場所はそれよりももっと早く俺を大人にさせたと思う。少なくとも、ただアイドルになりたいと願っていたあの頃とは、自分は変わってしまった。あの頃は歌うこと、踊ること、とにかく全部が楽しかったけれど、仕事は楽しいだけではやっていけないものだ。今俺は、バラエティ番組を中心に活動を行っている。ゲストだけでなく、司会を務めることも最近では多くなってきた。辛いこともあるけれど、やりがいをもって仕事をすることができている。
今日一日のすべてのスケジュールを終えてテレビ局を後にしようとしていた時、俺は酷く懐かしい人物に出会った。そいつの名前は神宮寺レン。かつて早乙女学園でクラスメイトだった人物。卒業オーディションではかなりの高得点で事務所入りが決定していたが、急に海外でモデルの仕事をすると旅立ってしまった人物だった。向こうではかなり活躍しているという噂を聞いていたが、まさか帰って来ていただなんて。

「久しぶりだね、オチビちゃん……じゃなくて、翔」
「帰って来てたのかよ……レン」

この当然のように交わされた言葉の奥を、覗くことができるのは俺とレンしかいない。久しぶりの友人との再会にしては素っ気なさすぎるこの会話の裏に隠された、本当の意味を知る人なんて、俺たちだけでいい。

「神宮寺レンと知り合いだったんですか?」
「あぁ、同期だったからな。名前くらいは」

俺たちの短い会話を隣で聞いていたマネージャーは不思議な顔をする。嘘は、吐いていない。だって、よくよく考えたら、本当に俺はお前のことを名前くらいしか知らないのだから。レンとは恋人同士と呼べるような仲だった。他の女子には見せない笑顔を俺に見せてくれたし、一年間の短い学園生活の中で、多くの時間をレンと2人で過ごした。レンが時折寂しそうな、傷ついたような表情を浮かべていることには気が付いていたけれど、胸の内はいつか話したくなった時に話してくれればいい、なんて思っていた。ただそばにいられることが、レンが俺に優しくしてくれることが嬉しくて、俺は逃げていたのかもしれない。結局、どんなにあの時愛し合っていたとしても、お前が俺に残したものは名前くらいなものだった。卒業の直前に別れを告げられた。「俺、日本を離れるんだ」と言う時に、お前はいつも俺以外の他人に見せるあの仮面の笑みを顔に貼り付けていて、別れる理由とか、本当の気持ちなんて何一つ教えられることはなかった。それはそれで傷ついたけれど、その時俺はまだ子どもだったから、レンを繋ぎとめる術などもっていなかったし、縋りついて行くなと我儘を言うことも泣くこともしなかったのに。きっと、何もしなかったから、それは何もなかったかのように通り過ぎていってしまった。(俺は未だに、レンが好きだという思いを握りしめつづけているのに)

だから今、まるで他人のように交わされた言葉は、酷く無機質なものだった。まるで雨の日を嫌がる猫のように、俺の頭はズキズキと痛みだした。大人になって、たったひとつ握りしめていた夢が、途端にその存在を主張しだす。昔よりも成長した掌と同じくらい大きくて、それ以外の夢たちを蹴落としてまでも居座りつづけた俺の夢。
お前と離れてもなお俺は夢見る。またお前の隣にいられるかな、なんて。あの時気付かないふりをした、お前の心に隠されていたものに、俺が向き合えばまた俺を特別にしてくれるのかな。離れてしまうと、記憶の中のお前はどんどん輝きを増していって、キラキラ光る太陽みたいな色の髪とか、見上げなきゃならないくらい大きい背だけじゃなくて、お前が俺だけに見せてくれた笑顔も優しさも強さも弱さも、全部全部。お前に近づけたら、そしたら、また愛してくれる?なんて。まるで、優雅に泳ぐ魚に憧れる、水が苦手な猫みたいな。



(だからきっといつか、このまま溺れる)
(そんな愚か者、それが俺、かなしい俺)



* * *

カッコいい神宮寺さんがどうも書けなくなってきた←
恐らく翔ちゃんは、ちゃんとレンが隠してるものに向き合おうとするくらい器の大きな人間だと思います。でもやっぱり15歳なんてまだまだ子どもだし、恋愛のなんたるかなんてわかってないし、こうやって失敗しちゃう可能性だってあるよね、と考えてたらできた話でした。悲恋モノが書きやすすぎて、色んな意味で辛いです←
20111117

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -