うましかもの


*那←翔です。翔ちゃんがあまり可愛くないので注意。













俺は多分、どうしようもなく狡い人間なのだと思う。

お前がいつも俺を追いかけてきてくれることを知っている。知っていながら、「頭撫でんな」とか「抱きつくな」とか、冷たいことを言ってお前を遠ざける。必要以上に俺を猫可愛がりするのが嫌だという素振りを見せる。わざとお前以外の奴と仲良くしてみたりとか。その度にお前は一瞬だけ寂しそうな顔をするんだけど、それでも「翔ちゃん翔ちゃん」と俺に纏わりついてくるお前を見て満足したりする。お前が俺から離れていく筈なんかないという、自惚れなんかじゃない確信と。お前の中で他の誰よりも特別だという、揺るがない優越感と。わかっているからこそお前を突き放す俺は、やっぱり狡くて愚かしいのだ。



「んで、お前はどうなんだよ」

いつも通りの放課後の、いつも通りの寮への帰り道。俺が練習を終える時間に、那月もいつもタイミングよく練習を終える。別に一緒に練習をしているわけでもないのに。そしてこうやって同じ部屋へ帰る。もういつものことだ。ただ、今日はひとつ気になったから、いつもと違うことを言ってみただけ。いつもは大体、那月が俺の一日の出来事を聞いてくる。今日の授業は何をしましたか、お昼ごはんは何を食べましたか、練習はどうでしたか。お前はいつも俺のことばっかりで、思えば俺が聞かない限り自分のことをあまり話さないことに気が付いたのだ。

「僕……?」
「そ。お前、よく考えたら自分の話あんましないじゃん」
「……やっぱり、翔ちゃんは優しい人だね」

にっこりと、本当に嬉しそうに笑うんだ。那月は基本的にいつも穏やかに笑っているけれど、俺といる時はもっと楽しそうに笑うことを俺は知っている。少しだけ、(しかも頻繁にじゃなく稀に)優しくするだけなのに、こうやって俺だけに特別な顔を見せてくれる。その笑顔を見せられると、何だか胸の奥がギュッと何かに掴まれたみたいに揺さぶられて、鼓動がトクトクと忙しなくなってしまう。そして、お前を確かめたくなってしまうのだ。

「お前ってさ……そんなに俺のこと好きなのかよっ」
「うん。翔ちゃんは可愛いから、だーいすきだよ」
「……あ、そう……」

駄目だ。那月はどうしようもなく鈍いのだということをすっかり忘れていた。他人の気持ちの変化には、とても敏感に気が付く那月。自分が好きなものには、すごくストレートに愛情を示す那月。なのに、自分に向けられている思いにだけはどうしてこんなに鈍いのか。俺がわかりにくいのだろうか。いや、わかられちゃ困るんだけど、わかってほしかったりもする。何かわけわかんなくなってきた。(那月のことを考えてたらいつもこうだ)ガックリと肩を落として項垂れてしまう俺を、「どうしたの、翔ちゃん」なんて心配そうに見つめるこいつは、きっと俺の心情なんてわかっちゃいないんだろう。お前がなりたいものが俺の「親友」である限り、きっと俺はずっと那月を突き放しつづけるのだろう。多分俺はこいつの「友達」というポジションが憎いのだ。でも憎いその立場を思いきり利用している。

「俺って狡いかもなぁ……逃げて、ばっかかもしんねぇ」

この立場からも、自分の思いからも、お前の気持ちからも。逃げている俺は、なぁ、狡いかな?

「逃げてなんてないですよぉ……翔ちゃんは、いつも翔ちゃんです」

何て、そうやって意味のわからないことをお前は言う。でも、その言葉を嬉しそうに言うお前を見て、何かわかったような気もする。俺は、お前のそういう顔が見たいから「友達」をやっているのかもしれない。狡くたって、利用してたっていいじゃんか、お前を繋ぎとめておけるなら、お前のその笑顔が見れるなら。お前のために、俺は狡い人間になる。

「なぁ、那月」
「なーに、翔ちゃん」

俺よりも大分高いお前の背、いつも俺のことを「可愛い可愛い」というその唇、何もかもが好きだなんて、俺が言ったらお前はどうする?いつか、「親友」なんかよりもっともっと近いところに俺は行きたい。そんな思いをこめて、悔しいけれど目一杯背伸びをして、お前の制服を引っ張って、唇を奪った。顔が真っ赤なのも、鼓動が速いのも、恥ずかしいからばれませんようにと祈りながら。

「え……しょー、ちゃん?」
「覚悟しとけ、バカ那月」

お前の制服のシャツを握って、ひきよせて、熱い顔が見られないようにと耳元で囁いてやった。なんて大胆なことをしてしまったのだろう、そう思って走り出そうとしたけれど、帰る場所は同じなのだということに気が付いて愕然とする。とりあえずこの場にいるのは居たたまれないから、逃げてしまおう。その後のことは、これから考えよう。そして俺は立ちつくすお前を背にして走ったのだった。このキスの意味を、お前は気付くのだろうかとグルグル考えながら。



俺は多分どうしようもなく狡い人間なのだと思う。きっとこれからも、すべてを知っていながら俺はお前を突き放したり優しくしたりするんだろう。それでもお前は俺の隣にいてくれるとわかるから。そして俺はそんな那月が好きで、那月もきっと今まで通りそんな俺を好きでいてくれるんだ。だからもう少し待ってろ。



(もう少し、狡い俺でいさせて)



* * *

那→翔ってたくさんあるけど、那←翔ってあんまりないよね。なっちゃんがあんなに翔ちゃんに好き好きアピールしてたら、きっと翔ちゃんも意識しちゃうよね。とか考えてたらできたもの。
翔ちゃんは片思いしてても男前だな、と思いました。この後、部屋で2人きりになった那翔コンビはどうなるんでしょうかねww
20111115

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