スノードロップ
*ジョージと幼いレンの話。×ではなく+で書いたつもりですが、一応苦手な方はご注意を。
静かに舞い落ちる雪のような花。似合わないと誰に言われようとも、俺はこの花が好きだった。
久しぶりに降った雪は思いのほか凶暴で、綺麗と言うにはうるさすぎる程の吹雪だった。重力に逆らって横殴りに降る雪なんて本当に長い間見ていなかった。こんな日に。(どこに行ったんだ、あのガキは……)俺がこの邸で働くようになってから7年になる。いや、正確に言うと、この邸に住んでいるガキのお守りをするようになってから、早いものでもう7年になる。ここに住んでいる3人の子どものうち、俺が面倒を見ているのは末っ子のレンというガキで、俺によく懐いている。(当たり前か、俺が親みたいなものだから)勉強やら、生きていくための術やら、それこそ様々なものを俺から吸収しようとする、そんな貪欲なガキがレンだった。子どもはあまり得意な方ではなかった俺だが、レンは賢い子どもであったから、上手くやっていけているのかもしれないと思う。ただ1つ困ったことがあるとするならば……それは、子どもの癖に何でも自分の中に溜め込んでしまうこと、だ。
気が付けば、姿が見えなくなっている。別に迷子の犬猫でもあるまいし、探しになど行かずとも放っておけば戻って来る。それだけならば黙っていればいいが、この邸にはレンのことを好ましく思っていない人間がいる。この家の当主、つまりはレンの父親。あの人はレンにとても辛く当たる。あの人がレンに微笑みかけているところなど、見たことがない。それどころか、一体何が気に入らないというのか度々暴力まで受けていることもある。(まぁその理由にも色々あるのだろうが、本当のところは俺にもわからない)そしてレンは、そのことを誰にも話さない。受けた傷を、俺にも隠そうとする。だから俺はレンを探しに行くのだ。今回だって、例外じゃない。
窓の外を見ると、先程までの吹雪は大分おさまっていて、小さな雪の粒が静かに風に舞っているだけに変わっていた。まるで、レンが生まれたあの日のようだと思いながら、外に出て探し慣れた道を歩く。あいつはきっとあそこにいるだろう、邸の敷地の一番端にある大きな木の下。
「俺はだいじょうぶ。血がでても平気さ、つよいからね」
木の根元にいる猫に話しかける小さな背中はレン。大きな木のそばにいると余計小さく見えるが、実際同じ年頃の子どもと比べても小柄なのだろうか。俺はレンが友達と遊んでいるところなど見たことがないから、それは考えてもわからなかった。綺麗な橙色の髪が、光に反射して輝いている。本当に蓮華そっくりの、美しい髪。髪だけではなく、顔も、雰囲気も、レンは蓮華によく似ていた。(胸が苦しくなるくらいに)俺が来たことに気が付いていないらしいレンは、一生懸命猫に話しかけていた。
「俺が痛かったら、ジョージも痛いかおをするんだ。そっちのほうがずっと痛い、から」
「レン」
俺の声を聞いて一瞬震えた身体がゆっくりと振り向いた。レンのこういう1つ1つの動作は、まるで子どもらしくない、洗練された物腰の柔らかい動き。振り向いた顔は頬が腫れていて、さらに口元は切れて血が滲んでいる。また叩かれたのだろうか。綺麗に澄んだ瞳が揺れていて。(それなのに)
「ごめん、ジョージ」
なんて、笑うんだ、この子どもは。そうやって無理に笑顔をつくるから、見守ってやることしかできない自分が不甲斐なくて堪らない。そう、俺には何もできない。俺にはお前を自由にしてやることなどできないのだ。
「なぁ、ジョージ。どうしてそんなに苦しそうなかおをするんだ?」
「レン……」
そっと傷に触れると、手に血がついた。舞い落ちる雪の白さの中で、そっとレンの痛みを主張するアカ。
「あ……えっと、転んだんだ。痛くないから、だいじょうぶ」
俺はこんなにも純粋な子どもに何を言えばいいのかわからない。いや、きっと俺のように汚れた大人には何も言えることなんてないのだ。
「……よくもまぁ、こんなに器用に転ぶもんだ」
俺はレンの頭をそっと撫でる。殴られたことを俺が指摘すると、レンは困った顔をするから。だからただ、こうすることしかできない。
「ジョージの手は、おっきくていいな!」
無邪気に笑いながら、レンが言った。レンは俺を必要としている、と実感する。たとえ俺はお前の未来のために何も出来なくても、お前の命は守りたい。出来るならば、笑顔も守りたい。もっと欲を言うならば、居場所を、つくってやりたい。
こんな雪の日にはいつも、あの日を思い出す。俺の隣には今も変わらずにレンがいる。自由になれず、素直にもなれず、傷ついた心を隠したまま仮面の笑顔を浮かべて、必死に生きている。授業はいつものサボリで、部屋のベッドに腰掛けているレンは、肩まで伸ばした髪を指で弄びながら何かを考えている顔。あんなにガキだったのに、いっちょまえに大人らしい顔しやがって、と思ったら少し笑えた。
「……何笑ってるんだい、ジョージ」
身長も、声も、環境も変わってしまったけれど(表情と仕草は変わらないが)いまもこうしてレンのそばにいられて、ホッとしている自分がいる。
「……雪だね。あれってこの学園にも生えているかな、スノードロップ」
「あぁ、お前の邸の庭によく咲いていたな」
「好きな花、だろう?ジョージの」
驚いた、覚えていたのか。確かに、俺がレンにその花の名前を教えた。レンに似ているな、なんて恥ずかしいセリフといっしょに。
「そうか……覚えてるのか」
「何笑ってるんだよ、珍しい」
なぁ、やっぱりお前はあの花に似ている。冬の寒さに負けず咲き誇る、春の訪れを告げる花。お前はこれからも俺を頼ってきてくれるのだろうか。お前がいつか心から笑える日が来るまで、俺はお前の傍にいよう。
(いつか、春が訪れるその日まで)
(お前が、自由になれるその日まで)
* * *
幼少期レンが……書きたかったのです。
レンはジョージには無邪気な笑顔を見せているのではないかと思います、今も昔も。ジョージの願いは、レンが誰の前でも本当に笑えるようになればいいってこと、という妄想。
昨日24〜28日まで更新停滞するよとか言ってたのは何だったんでしょうかねwまぁ書きたくなったんだから仕方ないよねw←
20111024
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