Bite!
*付き合っている音翔。
「なぁ音也、俺お前に言いたいことがあるんだけど」
「……え?なに?」
きょとん、とした顔で首を傾げて、でも顔は少し不機嫌そう。楽しみにしていたごはんをお預けくらった犬みたいで。(しゅんと垂れてる耳が見えるようだ)悪いとは思ってるんだ、俺だって。だからそんな今いいところだったのにって顔をしないでほしい。確かに、今日はトキヤが帰って来ないから泊まりにおいでよって言われて、ベッドに押し倒されて、息も継げないような長い長いキスをして、まさに音也が俺の服に手をかけようとした、その時に遮るなんてムードの欠片もないとは俺だって思うんだが。これは「今」しか言えないことなんだよ。いや、「今」言っておきたいというか……。
「音也さぁ、噛み癖直そうぜ!」
とりあえず、一言で言うなら空気が凍った。さらに言うなら時間が止まった。(……これは、怒っている、のだろうか)普段は面白いくらい表情がくるくる変わって、感情がだだ漏れな奴なのに、今はさっきの少し不機嫌そうな顔のままで感情が読み取れない。俺の服の襟元を掴み、もう片方の手で俺の顎を支えて、もう一度キスをしようとしている直前で動きが止まってしまっている。そこで俺は、そのままやんわりと両手でこいつの身体を押しのけてみる。(そーっと、そーっとだ)出来るだけ刺激しないように身体を起こした。もしかしたら俺に拒否されたとか思って傷つくかもしれないから、本当にそーっと。その後は、自然と2人ともベッドの上で正座である。何だろう、この状況。薄暗い部屋の中で真剣に向かい合う男たち、傍から見たら異様だろうが、今は俺たち以外に誰もいないし、気にしないことにする。沈黙を破ったのは音也の方だった。
「えっと……俺、翔に何かした、っけ……?」
「お前が、噛んでくるのが痛いんだよ」
「……そんなことしてないよ!」
無意識なのかよ!というツッコミは俺の心の中だけに留めておくことにした。(割と賢明な判断だと思う)本人はこう言っているが、確実に音也には噛み癖がある。初めは耳や首元を甘噛みしてくる程度だから許容範囲なのだが、行為に熱中していくにつれてそれはエスカレートしていく。唇からはじまって手首やら肩やら、仕舞いには鼻まで、甘噛みなんてレベルじゃなくカプッと噛みついてくる。それも無造作に。今のところは傷になるようなことはなかったが、もし今後鼻に絆創膏を貼って過ごさなければならないことになったらカッコ悪すぎる。そうなる前に牽制しておきたいところなのだ。
「でも!翔だって何だかんだ言ってキモチよさそーにしてるよ!」
(……覚えてんじゃねーかよ!)
「ちくびとか噛まれるの好きだよね?」
「なっ、生々しいこと言うなっ、バカっ」
何故だろう……明らかに俺の言い分の方が正論っぽいはずなのに、押され気味なのは。ここはもういっそのことガツンと、「そんなことする音也は嫌いだ」くらい言ってやれば……!
「……そ、」
「だって……翔のこと好きすぎて、わけわかんなくなっちゃうんだもん……」
ね、だから許して?なんて、そんな捨てられた子犬みたいな目で俺の顔を覗き込むなよ……!薫といい、那月といい、こういう目で俺を見つめてくる奴に、俺は本当に甘い。なんか俺の中の兄貴属性というか、むしろ母性本能というか、とにかくなんかそんな類のものが俺の心を刺激して、何でも許してしまいそうになる。いや、実際何でも許している。しかも、音也に言われた「好き」という言葉が何だか無性に嬉しくて、でも少し照れくさくて、あぁなんかもう俺って今すごく流されてる?
「じゃあ、そういうことでいいよねっ!」
と、まるで何事もなかったかのように、俺はまたもや音也によってベッドに縫い付けられていた。こいつ、心なしかさっきよりも楽しそうな気がするんだけど。なんかもう……脱力。
「音也っ、お前わかったんだろーな!噛むなよ!?痛いんだから」
「……善処する!」
「おまっ、直す気ねーだろっ、んんっ」
怒鳴りつけた俺の声は、善処するってトキヤの真似ー!とか楽しそうに言っている音也の口づけのような甘噛みのような、いわゆる噛みつくようなキスに吸い込まれていった。自分の主張が通らなかったことに半ば愕然としながらも、まぁいっか……と思ってしまうのは、きっと音也の愛情が嬉しくてしょうがないからなんだと、思う。だから少しくらいなら、許してやってもいいかもしれない。
(舐めるつもりが噛みついて、)
(でもそれが、愛情表現)
* * *
音也に振り回される翔ちゃんが書きたかった。そしてたまにはラブコメっぽい幸せそうな話を書こうと思った。そしたらこんなのができたww
んでこの後、行為が気持ち良すぎた翔ちゃんが、逆に音也の肩に思い切り噛みついてしまうんですよね、わかります(^^)←
そんな妄想をする私は、翔ちゃんにはいつまでも常識人でいてほしい。
20111020
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