もうこの唇に触れるものはない


*マサレンですが、悲恋モノです。薄暗いです。










お前の一言にこんなに傷ついたのは、今までその可能性から目を逸らしつづけてきた俺への罰なのだろうかと思った。

「け、っこん、?」
「あぁ、来月には籍を入れる。来年度からは俺が財閥を継ぐことになるから、その準備ともいえる」

目の前で淡々と事の顛末を話す男は、まるで感情というものが欠落してしまったと思うほど冷淡に見えた。(少なくとも、俺にはそう感じられた)機械的な説明には驚くほど現実味がなくて、白昼夢でも見ているのかと錯覚するほどだった。じわり、と背中に嫌な汗をかいたのを感じた。急激に体温が下がったような感覚に陥る。いや、体温だけじゃなく、俺を取り巻く環境だけが冷えていくような、そんな感覚だった。おまけに爪先がじんわりと痺れてくる感覚までして、そこに立っていることで精一杯だった。何か言葉を発することなんて、とてもできない。

「だから、すまない」

腰を直角に曲げて、驚くほど綺麗に頭を下げた聖川を、俺はただ見つめることしかできなかった。そこらのレディたちよりもよっぽど艶やかな髪を見る。表情はもう見えなかった。だってこいつがずっと顔をあげないから。きっと、俺が何か言うまでこいつはずっとこのまま頭を下げているのだろうなと思った。そして、この言葉を俺に告げるために、こいつがどれほど悩み苦しんだのだろうと考えようとしたけれど、上手く頭が働かなかった。そこで俺はようやく、自分が酷く困惑していることを知った。どれくらいそうしていたのだろう、わからないけれど、俺はやっと口を開くことができた。第一声をあげることが困難なほどに口のなかが乾いていて、酷く掠れた声になってしまった。

「……お幸せ、に」

それ以上は何も言えないと思ったし、これ以上何も言われたくなかった。痺れて感覚のない足を必死で動かして、俺はその部屋を後にした。何てあっけない幕切れなのだろう、そう思うと笑えてきて、自分という存在がとてつもなく滑稽に思えて、少し目を閉じた。





「好きだ、神宮寺。俺は、お前のことが好きだ」

あいつにそう告げられたのはまだ俺達が早乙女学園の生徒だった頃だった。顔を合わせれば突っかかってしまう、そんな俺達だったけれど、本音でぶつかりあえるのはこいつだけだとお互い感じていた。そんな、ある意味心地よい間柄だったように思う。そんな中、俺に愛の告白をしてきたのはあいつの方で、それは「お前が他の奴と親しくしていることに嫉妬したからだ」といつかあいつ自身が語っていた。でもあいつの告白はたったそれだけで、付き合ってほしいだのなんだのという言葉は一切なく、触れてくることも、返事を求めることもなかった。きっとそれは、あいつが自分の立場をわかっていたからなのだろうと思う。聖川財閥の嫡男である以上、いずれは家を継ぐ、そして政略的な結婚をする。幸せな未来など、ありはしないことをわかっている恋を俺に求めるほど、あいつは傲慢ではなかった。

「……好き、っていうなら、触れてくれよ。確かなものじゃないと、俺は信じられないから」
「そんなことを言うのなら……もう、俺以外とはキスはしないでくれ。嫉妬で狂いそうなんだ」

そして俺達は、一線を越えた。触れてくれと、誘ったのは自分自身で、それ以上を求めたのも、何もかも俺が自分で決めたことだった。この恋に身をまかすことが危険であることなんて、わかりきっていた。安全でなどあるはずがない、身を委ねて火傷を負うのは自分だということまでが容易に想像できるような、そんな恋だった。でも、留め金なんてあるはずもなかった。その時俺は、お前とのキスが最後だと、そう自分に誓ったのだ。





「やっぱりこれは、罰なのかな」

こんなことを思い出して、自分で自分の傷口を広げたみたいで、自嘲するしかなかった。あの日俺にあんなことを言ったお前が、きっとこれから俺以外の知らない誰かとキスをするのだろう。キスをして、微笑んで、家族を作って、俺のことなんて簡単に忘れていくのだろう。そう考えると腸が煮えくり返るほど悔しかった。でもこの結末は俺自身が招いたもので、聖川は何も悪くなどないのだ。(ぜんぶぜんぶ、俺への罰なんだ)
結婚式は呼んでくれるだろうか、とふと思った。呼んでほしい、とそうも思った。あいつと、俺の知らない誰かが誓いのキスをするのを見て、俺はもう一度誓うのだ。お前とのキスが俺の最後のキスだと、もう一度。お前の前で。それは他人が見れば驚くほどに残酷で、滑稽な誓いかもしれない。でも俺にとっては、泣きたくなるほどに幸せな誓いになるのだ。



(きっと俺は、これから出逢うすべてのものにお前を重ねていく)

(でも、もうこの唇に触れるものはない)





* * *

びっくりするくらい神宮司さんが幸せじゃないですけど、どういうことでしょうか。むしろ至上最高に不幸せなのではないかという疑いまでかかってきそうですね!なんてこったい!
少し言い訳をすると、この神宮寺さんは自分を幸せだと思っていると思います。今まで誰も愛せなかった自分が愛を知って、そしてその人との愛を最後の愛にすることは自分にとって幸せなことだって思ってる。そういうイメージで書きました。悔しかったり悲しかったりするのは、その現実を見ないふりをしていた自分自身に対してが大きくて、最後の恋にすると決めた決断自体は大切に思っているといいなぁ。っていう願望。自分で書いたくせにね、フフフ←
……すいません、次こそめっためたに甘いレン受け書きたいです。
タイトルは「確かに恋だった」様からお借りしました。
20111012

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