助手席は俺専用
*限りなくレン翔に見えるけど、実は翔レン。
男性が車を運転しているところが好き。車をバックさせる時の仕草が格好いい。レディたちは、そういう些細なことにもときめきを見出して生きている。でも注意しなければいけないことは、世の男性すべてが運転がうまいとは限らないということだ。
「バック駐車ができねえ」
「それは……練習あるのみ、だね」
オチビちゃんが免許をとって、車を買った。彼のことだから、きっとごつい大型のジープなんかを愛車にするんだろうなとか、そんなことを考えていた時期もあったのだけれど、蓋を開けてみると、「運転大変そうだし、フツーのでいいんだよ、目立つのヤだし」といって、極々ありきたりな軽自動車を買った。そこまでは良かった。でも困ったことに、オチビちゃんは運転がかなり苦手だった。
「ちょ、翔!なんで今のところ右折しないの!家に着かないでしょう!」
「だ、って対向車怖えんだよ!」
「翔、ブレーキ速すぎ!それじゃあ後続車に追突されるよ!」
オチビちゃんの運転は決して荒くはないのだ。スピードを出しすぎたり、無茶な車線変更や信号無視をしたりということはない。ただ、運転が慎重すぎて逆に怖いというやつだ。
「つ、いた……ね」
史上稀にみるほど肩が凝った。心なしか頭痛もするような気がする。どれだけ肩に力が入っていたのだろう。他人の車に乗ってこんなに緊張したのは初めてだ。
「オチビちゃん、運転に慣れていないから怖いのは仕方ないとしても、もう少し楽に構えてみてもいいんじゃないかな?」
「……しょーがない、だろ」
何故彼がこんなにも怖がるのかが判然としない。自動車学校に通っている間は順調だと、明るい調子で言っていたはずだ。仮免も卒業検定も一度で合格していたし。こんなに頑なに怖がる理由はどこにあるのか?心の中にある君の不安は何なのか?
「レンが、死んだら、やだなと思って」
不安に揺れる瞳が、俺に縋るように見つめてくる。あぁ、そうか、君の恐怖の元、見つけたよ。それは、大切な人を助手席に乗せることへの恐怖。自分のハンドル捌きひとつで、人の命がどうとでもなってしまうという事実への恐怖。ねえ、俺がオチビちゃんにとって、死なせたくない大切な人なんだって、自惚れてもいいってこと?
「大丈夫、気をつけるに越したことはないけど、そんなに簡単に車は事故にあわないよ」
「でも」
急に彼に抱きしめられた。それは、抱きしめているというよりは抱きついているといった方が適切な表現であるのだろうけれど、力強い腕から、大きく包み込まれているかのような感覚が伝わってくる。不安を感じているのは君のほうなのに、それでも君は、いつだって俺が震えてしまうことのないように、心を押さえつけてくれるんだね。
「ねえオチビちゃん、2人でたくさんドライブしよう。楽しいところに行って、美味しいものを食べに行ってさ。運転に慣れたら、今度はみんなを連れて行こう」
君といると、心があたたかくなって、こうやって楽しいことをしてみたいっていう気持ちになってくる。これって、本当にすごいことだと思うんだよね。俺も一生懸命生きてみようかな、って。そうしたら楽しく生きられるかな、ってさ。
「……でも、その前に駐車の練習しようね」
(君がベテランドライバーになれるのはいつかな?)
* * *
微ほのぼの。18になってすぐに翔ちゃんが免許をとったという話。2人で運転を交換しながら長距離ドライブができるようになればいいね。
20150403
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