月飼い
*マフィアパロで音レン。音也はフリーの殺し屋で、神宮寺はマフィアの幹部っていう設定です。
朝が嫌いだと、いつか君が溢した言葉を、たまにポンと思い出す。それはいつだって突然で、喩えるならばポケットをまさぐったら、思いがけないものが出てきたような感覚に近い。朝が嫌いだ、朝日は照らすすべてのものを白々と見せるから、と君は言った。今改めて考えてみると、確かにレンには夜の方が似合うなあと思う。恥じらう夜は、レンに似ている。君は、真っ暗な闇みたいに、どんな嘘も痛みも綺麗に飲み込んでしまうから。
レンと俺が出会ったのは、薄暗い路地裏にある寂れたバーのカウンター席だった。それは偶然の出会いなんかではなく、緻密で狡猾な策略の中の1つの歯車にしかすぎない出会いだった。シャイニングファミリーは、裏の世界でも、果ては堅気の世界でも名を知られている大規模なマフィアで、レンは若くしてその幹部の位についている。マフィアの幹部といっても、それぞれ得意分野が異なる為に役割分担のようなものが為されているらしく、彼は主に関係機関との交渉役としての役目を担っているらしい。正式な場での交渉はもちろんのこと、俺のように裏の世界しか歩けないような相手との交渉までを一手に引き受けているという。なるほど、一言言葉を交わした時から、交渉術に長けていると噂される理由がわかった。淡い笑顔は何ものをも優しく受け止めるクッションのようなもので、その笑顔で隠しながらこちらの心中をずぶずぶと探られている感覚がじわり、と伝わってくる。俺もフリーのヒットマンという職業柄、いつも本心を気取られぬように笑っているよう努めているが、そんな自分とはまた質が違う仮面を被っている男だな、と感じた。(まあそもそも俺は元が楽天家だから、そんなに仮面を被っているつもりもないんだけど)依頼されたのは、ある要人の暗殺と、ついでにその掃除。暗殺は得意なんだけど、掃除はあまり好きじゃないから少し憂鬱な気分になる。シャイニングファミリーほどの規模のマフィアなら、ファミリーの中に指折りのアサシンが何人もいるだろうし、専属の掃除屋だっているはずなのに、なんて野暮なことは聞けないけど。それらを動かすことができない故の俺への依頼だということは、痛いほどわかっている。幹部級が直接話しをつけにきているという意味も。
それが俺とレンの最初の邂逅だった。後に、不可思議な、それでいて絶対に許されない関係になった。どうしてそうなったかは、単に俺が彼のことを忘れられなかったというだけの理由なんだけど。レンが相当に危ない橋を渡りながら俺のそばにいてくれていることを考えれば、彼も俺のことを少なからず好いてくれているのだろうと勝手に思っている。
「このまま、朝が来なければいいのに、って思ったことある?」
彼はソファに横たわったまま、いかにもダルそうにポツリと声を漏らした。疑問符は明らかに俺に向けられているのに、目は床に向けて伏せられたままだ。俺たちが逢瀬をする場所はいつもバラバラである。俺がいくつもいくつも借りては解約し、借りては解約しを繰り返しているアパートの部屋のどれか1つ。この部屋は、晴れた日は綺麗な月光が部屋に入り込んでくるので気にいっている。彼の長い睫毛が、月明かりに映える。
「んー……別に、俺は感じたことない、かなあ」
真っ黒な革張りのソファの肘掛けに座り、彼の髪を撫でながら言葉を返した。いつも光を浴びて輝くハニーブロンドの髪が、汗でしっとりと濡れている。大人しく俺に頭を撫でられる様子が、仕事の時の常に神経を張り詰めている彼の顔とは別人のようだから、自然と笑みがこぼれてしまう。
「でもね、レンは朝が似合う太陽みたいだなって、たまに思うよ」
美しく弧を描く唇とか、光を受けて輝く髪とか、君は俺の恋心を突き動かす眩しい存在だから。でも俺は、レンの悲しい過去も、今秘めている闇も、全て知っているし、そんな少し影のある太陽が、他の何より愛おしいのだけれど。
「俺がさ、夜があまり好きじゃないことは、イッキも知ってるよね。でもたまにね、本当にたまにだけど、朝が来るのが怖いと思う時がある。朝日が、目に見える全部を白々しく見せる気がして」
彼が1人の夜を嫌うことは、こういう関係になる時に知った。夜が嫌いなくせに朝が来ることさえも嫌うだなんて、そんな矛盾を孕んだことを彼が言うのは珍しい。つまりは、何事かが彼の正常な思考を蝕んでいるということだ。十中八九、その何かというのは、ファミリーには言えないようなことを俺としているということ。そして、俺とファミリーの間で揺られている。勿論、レンがどちらも捨てられないということにも気付いているよ。罪悪感、ってやつでしょ。
「レンは、俺を、捨てるの?」
ごめんね、わざと意地悪く聞いてしまった。俺はほんの少し、君の気持ちに甘えてしまっているみたいなんだ。俺のそんな狡い期待通りに、君はゆっくり首を横にふる。そして、全てをとらえ、飲み込むあの瞳で俺を見据えるんだ。
「月になりたい、って思うんだ」
彼の瞳は俺を映していたけれど、すぐに窓の外の月に視線を移してしまった。澄んだ碧の瞳の湖に、気味が悪いくらいまあるい月が浮かんでいる。傷を持った太陽でいるよりも、月になりたいと君は言う。太陽は明るすぎて、隠していたい傷が俄かに浮き彫りになってしまうから。月はいい、傷を隠した影はいつだって背中の向こう側で、綺麗な部分だけ器用に見せて回っていられるから。君は届かない筈の月に手を伸ばす。掴めないと、わかっているのに。俺は立ち上がった。この部屋の前の持ち主がそっくり置いていった、収納の中の荷物にあった「あるもの」の存在を覚えていたからだ。その収納から小ぶりな水槽を取り出して、水を入れて。窓辺におくと、月がうつる。まるで、水槽に閉じ込めたみたいに。
「レンが月になったら、こうやって俺が飼ってあげる」
「……残念。俺は、イッキだけのものにはなれない」
「でもね、この水槽の月はさ、朝には映らないんだよ」
目を見開いて俺を見る君は、年齢よりもいくぶんか幼く見えた。今度ははっきりと瞳の湖に俺がいて、ひどく安心した。
「朝になれば、月はどこへでもいけるんだ。だから、太陽が苦しいなら月でいいよ。夜は、こうやって俺が飼っていてあげる」
ふと、部屋の中に優しい夜風が吹いて、水面に映る月がゆらゆらと揺れた。それと同じタイミングで、俺の目の前にいるレンも、夜風に吹かれてゆらゆら笑ったから、なおさら月に似ているように思えてしまった。
(夜だけは、俺が閉じ込めてあげるよ)
(綺麗に隠してあげる)
* * *
久しぶりのマフィアパロでした。設定はバラバラですが、やっぱり楽しいマフィアパロ。今回は某アーティストさんの「月飼い」という曲をイメージして書かせていただきました。わかった方は是非お友だちになってください←
前も「月」ネタで小説を書いたので、ネタかぶってんよ!と自分でも思いましたが、「月」ネタ大好きなのですぐ書いちゃいます。私の中で神宮寺=月は鉄板なのです。
20150326
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